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2018年02月05日

生きるに強し

 今日の午後、横浜で、僧侶でもある友人と食事。
 友人と言っても私より若く、働き盛り。
 行政書士の女性もご一緒。
 ある企画について、忌憚のない意見交換である。

 私は特技と呼べるものは持ち合わせていないが、時として「ヒョータンから駒」を出して見せることがあるので、
「あなたは人ができることはできない、人ができないことはできる」
 というのが愚妻の見立て。

 つまりは、ヒネクレ者のアマノジャクだと事あるごとに言うのだが、ま、その傾向は確かにある。

 明後日は、葬儀のお手伝いで、都内の寺に出かける。
 明日は忙しくて時間がないため、先ほど準備をした。
 袈裟や衣体(えたい)、念珠、中啓、白衣など、あれやこれやとカバンに詰めなければならないが、こういうことは私は大の苦手。

 だから、箇条書きにしたものを私が読み上げ、愚妻が箪笥から取り出してカバンに詰めていく。

 だが、行きはきちんとカバンに納まっているが、帰りは着替えたものを私が詰めるので、ぐちゃぐちゃになる。
 だから、私は言うのだ。

「おまえは、帰りのことまで考えないで荷造りをする。そこが愚かなところだ」
「じゃ、自分でやりなさいよ!」
 キッと睨んだので、
「冗談だ」
 あわてて機嫌をとった次第。

 だが、飛行機の離陸は、着陸が前提である。
 学校だって、卒業を念頭に入学するし、「生」は「死」を前提にしている。
 ならば荷造りだって、当然、帰りを念頭におくべきではないか。

 そのことをやんわりと愚妻に諭したのだが、
「ちょっと、荷造りしているんだから、ごちゃごちゃ言ってないで向こうへ行ってなさいよ」
 プンプンと怒っている。

 どんな崇高な諭しも、愚妻の耳には届かない。
 だから、生きるに強いのだろう。
 私も見習わなくては。
 

投稿者 mukaidani : 2018年02月05日 21:22