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2017年05月27日

何を着ようか

 単衣(ひとえ)の季節になった。
 着物を入れ替えなければと思いつつも、面倒なので、同じやつを着て道場の仕事部屋に出かける。
 
 出かけると言っても、自宅から歩いて五分。
 ステテコを穿いたり、襦袢を着たり、帯を締めたり。
 仕度時間のほうが長いのではないか。
 バミューダにTシャツなら、仕度は秒単位である。

 だが、バミュータを重宝すると、
「着もしないのに、何枚も着物なんか買うからよ」
 と、愚妻が悪態をつくに決まっている。

 加えて作務衣も結構ある。
「邪魔なのよねぇ」
 と、これも日頃からブーブー言われている。

 頑張って着物や作務衣を着ると、天気のいい日は額に汗をかく。
 それを見て愚妻は、
「バカみたい」
 と嘲笑する。

 着なければ悪態、着れば嘲笑。
「王手飛車取り」なのだ。

 さて、今日は何を着て行こうかと、わずか5分の道のりに、私は毎日頭を悩ませているのだ。

投稿者 mukaidani : 18:33

2017年05月24日

恋しき露天風呂

 昨夕、拓大の先輩、後輩と一献傾けた。
 談論風発、楽しい時間を過ごした。
 昼間は暑かったが、日が沈んだ上野公園は涼風が吹き抜け、頬に心地よかった。

 梅雨入り前の夕刻は、一年の内でも特に好きだ。
 露天風呂が気持ちよかろうと近場の温泉を探したが、遠出するのが面倒になり、結局、6月にいつもの成田のホテルを予約した。
 天然温泉付きで、家から30分。
 気楽でいいのだ。
 こういうことだけは、愚妻はすぐに賛成。
 現金なものだ。

 去る日曜日は、しつけ教室(幼児・1年生)の保護者の方々に集まってもらい、試みとして、私から見たしつけについてお話をした。
 子どもに関していろんな問題を共有するのは、プラスになるようだ。
 空手のための空手ではなく、空手指導を通じて、子育てに資するものが提供できればいいと思っている。

 やりたいこと、やらねばならぬことが山ほどある。
 そう考えると、やっぱり露天風呂が恋しくなってくるのだ。

投稿者 mukaidani : 15:55

2017年05月17日

熊本から帰宅

 熊本での講演を終え、昨夕帰宅。

 私のつたない話しを熱心にメモをとってくださる方もいらして、つい熱が入る。
 そんな姿を拝見していて、スポーツは「観戦者がプレイヤー」という言葉が脳裡をよぎった。
 観戦者が、選手を奮い立たせるということだ。
 これはスポーツに限らず、何事にもおいても言えるのではないか。
「受け手」は、実は「送り手」であるということに今さらながら気づく。

 修復が始まった熊本城にも案内していただいた。
 人生も同様で、アクシデントに見舞われれば、嘆くのではなく、修復に向けて力強く歩み出していくことが大事ではないか。
 そんなことを思った。

 講演のあと、関係者の方々と食事しながら多岐にわたって談論風発。
 触発されることが多く、いい勉強になった。
 内に籠もるのではなく、外に出て人に会うこと。
 やはり、これが大事のようである。
 何歳になっても、溜め息をついているヒマはないのだ。

投稿者 mukaidani : 10:24

2017年05月11日

庭の赤い花

 仏間からひょいと庭に目をやると、小雨を宿して色鮮やかな赤い花が咲いている。
「おい、あの花は何だ」
 愚妻を呼びつけて問うと、石楠花(しゃくなげ)だと言う。

「きれいだな。いつ植えたんだ?」
 重ねて問うと、愚妻は私の顔をまじまじと見て、
「かれこれ15年になるのよ」

 愚妻の懸念はわかっている。
 私の頭がヨレてきたのではないかと疑っているのだ。
 冗談じゃない。
 私の半生は、庭の花に気づかないほどに忙しかったということなのだ。

投稿者 mukaidani : 01:24

2017年05月08日

人生の醍醐味は晩年

 昨日は空手の試合で、千葉県香取市へ。
 選手は熱戦しているが、役員席の我ら老体は健康談議である。

「老兵は死なず。ただ消え去るのみ」
 とはマッカーサー元帥のよく知られた言葉だが、
「死なずに消え去るのは難しいねぇ」
 と、老体の一人。

 過日、若手のヤクザ組長と話す機会があったが、
「いまから引き際を考えています」
 と真剣な顔をして言っていた。
 社会の表裏を問わず、考える人間は考えているのだ。

 人生は野球の試合と同じで、終盤までは途中経過。
 エラーもすれば、ホームランだって打つこともある。
 だから、ゲームはどうなるかわからず、失策も「ドンマイ」で許される。

 だが試合も終盤に入ると、そうはいかない。
 一個の失策が命取りにもなれば、ヒットの一本が殊勲ともなる。

 つまり、本当の意味で真剣勝負が始まるということで、人生も同じ。

 人生の醍醐味は、まさに晩年にありということなのだ。


投稿者 mukaidani : 11:07