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2017年04月23日

大所高所という「まやかし」

 アメリカは北朝鮮を攻撃するのか。
 連日のニュースと解説を耳目にしていて、
「なんだかなァ」
 と思ってしまう。

 特に評論家諸氏は、アメリカが「やる」とも「やらない」とも明言せず、
「何が起こっても不思議ではない」
「可能性は排除できない」
 と、口調こそキッパリとしているが、要するに「わからない」と言っているのだ。

「これなら私でも言えるわ」
 と愚妻があきれていたが、まったく同感である。

 実際、どうなるかわからないにしても、専門家であるなら、自分なりに現状を分析して、
「私はこう読む」
 と、自分の意見を口にするべきではないか。

 それをしないで、「何が起こっても不思議ではない」と言って逃げるのはいただけない。

 なぜ、彼らが明言を避け、言葉に保険を掛けるかと言えば、結果が間もなく出るからだ。

 これが、「今後、世界はどう動くか」といった大所高所のテーマであれば、結果は雲の彼方なので、「こうだ」「ああだ」と言いたい放題で、わかったようなことを言う。

 プロ野球の勝敗予測といっしょで、どのチームが優勝するかについては、堂々と意見を開陳するが、
「さあ、今夜のナイトゲーム、どっちが勝ちますか?」
 と問われたら、「何が起こっても不思議ではない」式のコメントになる。

 大所高所からの総論なら誰でも言えるのだ。
 政治家が信用されないのは、まさにここにある。

投稿者 mukaidani : 19:27

2017年04月19日

皮膚科で切除

 一ヶ月ほど前、左掌中指の第二関節のところに米粒ほどのオデキ状のものができ、当たると痛いので、一週間ほど前、皮膚科で診てもらった。

 切除することになったのだが、切除した痕(あと)を一応、縫合しなくてはならないと医者に言われ、咄嗟に脳裡をよぎったのは「温泉に浸かれなくなる」ということだった。

 で、切除する前日の17日、奥秩父の日帰り温泉へ、あわただしく出かけた。
 高速道路を使って片道約3時間余りだから、行って帰って約7時間の運転。
 くたびれた。
 その前の日は空手大会があり、夜は遅くまで懇親会。
 朝起きると身体がだるく、本来なら日帰り温泉はパスするところだが、「明日から温泉に浸かれなくなる」という切迫感で出かけた次第。

 奧秩父だけあって、山に囲まれ、風情があってよかったが、往復7時間となれば、「なんだかなァ」である。
 だが、人生は面白がってナンボ。
 そう思えば、これはこれでいいのだ。

 思い残すことはなくなり、昨夕、オデキ状のものを切除。
 ベッドに横たわり、中指を挟んで両サイドの指の股に麻酔注射。
 麻酔の方法については、ウチの道場に来ている医者から聞いていたので、手順どうり。

「指、重い感じがしますか?」
「ハイ」
「では始めます」
 と医者は言ったが、何となくイヤな予感。

 メスを当てた(のだろうと思う。見えないから)。
 その瞬間、
「痛テテテテ!」

 私の場合、その量ではじゅうぶんに麻酔が効いていなかったのである。
 急遽、追加麻酔となった次第だが、何しろ掌(てのひら)だから痛いの何ので、全身から汗。

 実は、愚妻が「手術なんだからジャージで行きなさいよ」と言ったのだが、私は異を唱え、
「手術だからジャージでいいという考えは安易で間違っておる。手術だからこそ、きちんとした服装をすべきだ」
 と諭し、白いワイシャツにベスト、スラックスで行ったのである。

 おかげでワイシャツは汗を吸ってビッショリ。
 帰宅して愚妻にわけを話すと、
「だからジャージにしなさいと言ったじゃない」
 勝ち誇ったように言う。

 一理あると思わないでもないが、
「これは、たまたまのアクシデントであって、わしの考えは間違ってはおらん」
 癪なので、愚妻の言い分など頑としてしりぞけたのである。

 それにしても、あわただしい一週間であった。

投稿者 mukaidani : 16:05

2017年04月12日

イビキ防止の「ネルネル」

 一昨日は、原稿の構想を練るため、近くの温泉スーパー銭湯へ出かけた。
 湯船に浸かればアイデアが出てくるからだ。
 そうなるように条件付けしている。
 実際、次から次へとアイデアが出できたため覚えきれず、早々に湯から出て休憩室に行き、ノートパソコンに打ち込む。

 ふと、気がつくと、イビキが聞こえて来る。
 オッサンが気持ちよさそうに眠っている。
「うるさいな」
 と舌打ちをしつつ、自分はどうなのか、と気になってきた。

 いつぞや愚妻が「今日はイビキをかいていたわよ」と言ったことがある。

 自分も、あのオッサンと同じかもしれない。
 これはマズイと考えた末、ネットで調べ、イビキ防止と口呼吸防止のための「ネルネル」という口に縦に貼るテープを購入した。

 ただ、私の悪いクセは、準備が整った段階で急速に興味が失せることで、実験的に貼ってみようと思いつつ、もう忘れている。
 気がつけば昨夜、愚妻が口に貼っていた。
「これ、いいわね」
 と言ったが、貼った本人にはイビキをかいたかどうかわかるまい。
 いや、ここまでポジティブに生きることが大切なのかも知れないと、いまさらながら感心したのである。

投稿者 mukaidani : 16:09

2017年04月09日

昼夜の区別

 朝早く道場の仕事部屋に出かけたが、何となく眠く、家に帰って仮眠を取る。

 昼前に起き、午後から自宅で原稿を書き始め、ふと壁の時計に目をやると3時を指している。
(ありゃ、電池が切れて時計が止まっている)
 そう思って階下に降りると、ここの壁時計も3時。

「どうかしたの?」
 テレビを観ていた愚妻が、顔をねじって問う。

「いまは、まだ午後なのか?」
「なに言ってるの?」
「てっきり夜中かと思っていたのだ」
「バカみたい」

 忙しくて、昼夜の区別がつかなくなった私のことを心配するのではなく、「バカみたい」と一笑に付したのだ。

「おまえは、愛情のカケラもないのか」
 咎(とが)めると、
「じゃ、〝頭かおかしくなったの?〟と言えばいいの?」
「バカ者。そういう発想をすること自体を〝愛情のカケラもない〟と言うのだ」

 さらに叱責すると、
「うるさいわね。いまテレビがいいところなんだから、さっさと二階に上がって仕事しなさいよ」
「腹が減った」
「今日は断食日でしょ」

『人の一生は、重荷を負うて、遠き道を行くがごとし』
 徳川家康はいいことを言うではないか。

投稿者 mukaidani : 16:04

2017年04月06日

自分を律する

 愚妻は今朝も、近所のスーパー銭湯に出かけた。
 温泉掛け流しの露天風呂で、鼻歌でも歌っていることだろう。

 私も行くつもりであったが、仕事の進捗が遅れているので、原稿書き。
 午後は、桜が散る前に観に行かなければならない。
 夜はメシを食いに行く。
 そんなわけで、仕事をしているのだ。

 自由業というのは、自己管理が求められる。
 たぶん、そんなこともあってだろう。
 極楽とんぼの私ではあるが、自分を律するということでは、いささか自信がある。

 愚妻に言わせば、「自分の思いどおりにする」と批判するが、そうではない。
 自分を律することの裏返しで、意志を貫いているだけなのである。
 ワガママとは、ブレないということにおいて、自分を律することなのである。
 そう思えば、ワガママも大威張りになるのだ。

 愚妻がスーパー銭湯に出かけて、そろそろ4時間。
 露天でプカプカ浮いていなければいいが。
 余計な心配をさせるのだ。

投稿者 mukaidani : 13:17

2017年04月02日

夫婦でジェスチャー

 わが老夫婦は、くだらない会話が多すぎるので、世間並みに「会話のない夫婦」を目指すことにした。

 一昨日、それを愚妻に宣言した。

「いいか、夫婦の会話は一日10分までだぞ」
「あなたがくだらないことをしゃべっているだけでしょ」
「バカ者。会話というのはキャッチボールだ。わしが一人でしゃべっているというのは論理的に矛盾がある」
「それがくだらないことって言うのよ」

 ああ言えばこう言うで、「一日10分」は無理だと判断。
「しょうがない。妥協して、一日20分にしてやる」
「あなたが黙っていればいいことよ」
「何を言う!」

 そんなこんなで、「会話のない夫婦」というのは難しいものだ。

 しょうがないから、用事を言いつけるときジェスチャーで意思表示することにしたのだが、愚妻はこれ幸いと、わからないフリをしてジェスチャーで返してくる。
 度しがたい女なのだ。

 今日は午後から市連の審判講習会。
 私が担当する保護観察対象は何人もいる。
 仕事にも追われ、能登の温泉では結局、原稿を書いていた。
 桜を観る時間が取れるのか。

 愚妻相手にジェスチャーなどやっている場合ではないのだ。
 

投稿者 mukaidani : 07:58