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2016年05月31日

出歩いてばかり

 予定は手帳を見て、空いている日時に入れる。
 当たり前である。
 ところが、空いている日時に目を奪われ、その日の前後の予定を見落としてしまう。

 たとえば、今日は埼玉で知人と昼食の予定を入れたが、明日は雑誌の取材を受けることを見落としている。
 一応、インタビューに答える準備をしなくてはならないので、昼食は別の日にしたほうがよかったのだが、
「あ、この日が空いている」
 と、前後を見ないで決めたという次第。

 このところ、こういうケースが多い。
「毎日、出歩いてばかりで、原稿は大丈夫なの」
 愚妻の一言がグサリ。

 何事も「先送り」は根本的な解決にはならない。
 明日から6月。

投稿者 mukaidani : 07:48

2016年05月21日

ラッセル車のごとく

 このとろ取材があれこれあって、老体にこたえる。
 メモをとるのは苦手だし、録音すればテープ起こしが面倒だが、必要があって取材しているのだから仕方ない。

 明日から3日連続で取材である。
 そのうち一件は神奈川県の相模原市。
 ちょっと遠いが、鰻屋で会うので、これはこれで楽しみである。

 仕事以外で、もろもろ打ち合わせがある。
 明後日は取材の後、都内で葬儀社の青年たちと食事をする。
 私がめざす僧侶の活動とリンクが可能なのか。
 ヒントが見つかることを期待している。
 遅々として進まないが、僧侶活動とはそういうものなのだろう。

 双葉社の『田中角栄 相手の心をつかむ「人たらし」金銭哲学』が4刷りとなり、調子がいい。
 来月は3冊ほど、拙著が刊行される。
 これも楽しみである。

「疲れた」
 と言っている場合ではない。
 ラッセル車のごとく、猛然と雪を蹴散らして走るのだ。

投稿者 mukaidani : 21:12

2016年05月17日

畑をやめる

 昨日は、久しぶりに山梨の日帰り温泉へ行ってきた。
 頑張ってゲラ校正と加筆を仕上げ、宅急便の受付時間内に何とか間に合ったからである。

 とは言っても、別の本のゲラがあり、これは持参して日帰り温泉に出かけた。
 片道3時間、往復で6時間。
 しかもゲラ校正があるので、のんびり湯船に浸かっているわけにもいかず、疲れに行ったようなものだが、
「行く」
 ということが大切なのだ。

 このところ、人に会う用事が多い。
 ここ一週間は道場の床の張り替え工事だったので、時間のやり繰りができたが、今週からはそうはいかない。

 先ほど、手帳とニラめっこしていると、
「畑はいつ行くの?」
 愚妻が余計なことを言う。

 畑のことをコロリと忘れていた。
 そう言えば、ここ一年以上、畑は愚妻の担当になっている。
 畑は、もういいか。

「ヤメだ」
「えッ、やめるの?」
「同じことを何度も言わせるな」
 即断即決。
 これが、私の持ち味なのだ。

 現実、現状、習慣は、自分の手で壊してく。
 人生も、スクラップ・アンド・ビルドなのだ。

 今夜は、出版社のご招待で食事。
 さて、3時になったら、ひと風呂浴びるか。

投稿者 mukaidani : 13:44

2016年05月12日

釣りは中止

 日曜日に孫娘を連れて釣りに行くことにしていたが、取材が入り、中止にする。
 その旨、愚妻から娘に連絡を入れさせると、
「あ、そ」
 と、素っ気ない返事だったとか。

 さすが、私の娘だ。
 父親の「気まぐれ」と「思いつき」には慣れっこのようである。

 今月は取材が多い。
 相手の都合に合わせなくてはならないため、プライベートの予定が立ちにくい。
 今月は、近間の温泉にでも行くつもりにしていたが、日程が決まらず、無理かもしれない。

 先月は日帰り温泉にも行けず、癪なので成田空港近くのホテルに一泊した。
 ここはサウナがあるので、ノートパソコン持参である。
 家から1時間。
 ちっとも気分転換にならなかった。

 道場の仕事部屋には時計が3つ。
 稽古場にも3つ。
 いま気がついたが、ここ仏間にも3つある。

 どこを向いても時間が目に入るようになっている。
 だが、「人生の時計」はどこにもない。

『明日ありと、思う心の徒桜(あださざくら)』
 さすが親鸞さんは、いいことを言うではないか。

  

投稿者 mukaidani : 07:18

2016年05月09日

釣りに行かねば

 さる4日は、知人が主催する中国武術の大会、8日は私が関係する空手の大会、さらにゲラ校正と、連休はゆっくりする時間がなかった。

 それでも、やっとこさギターの梱包を解いたが、チューニングがうまくいかない。
 面倒くさくなって放棄。
「何でも思いつきで買うんだから」
 愚妻が冷たく言う。

 なるほどそのとおりだが、「思いつき」が私の持ち味で、今週の日曜日は小四の孫娘をつれて釣りに行く予定。
 小六の男児は二度ばかり連れて行っており、
「私はどうして連れて行ってくれないのか」
 と、孫娘に抗議され、
「よし、連れて行こう」
 と、思いつきで言った次第。

 少しばかり後悔しているが、私は生来、怠け者なので、「有言実行」を心がけており、それが「思いつき」になるのだろうと、これは私の分析である。

 ここ数日のうちに釣具店へ行って、店員に迷惑をかけることになるだろう。
 前回も釣具店へ行って、
「釣りのこと何にもわからないんだが、何を買って、どうすりゃいいんだ?」
 と若い店員を恫喝して、狼狽させた。

 店員が、ああでもない、こうでもないと熱心に説明してくれるが、私はそれを遮り、
「能書きはいいから、それで釣れるんだな?」
 イライラして言うと、
「釣れるはずですが」
「はずじゃダメだ。孫の手前、恥をかかせるなよな」

 イヤな客だと思ったことだろう。
 同行させた愚妻が、さっさと私の側を離れて行った。

 きっと、また同じ会話が繰り返されるのだ。

投稿者 mukaidani : 20:54

2016年05月02日

紺屋の白袴

 今日から少しずつ、道場内の片付けをする。
 私がやるのではない。
 愚妻がやるのだ。

 床の張り替えを決めはしたが、考えてみたら、床の上にある諸々の荷物を片づけなければ張り替えはできない。

 思いもしなかったことだ。

 荷物を、一時的に道場内の仕事部屋に移すと、愚妻が言っている。
 部屋が取り散らかる。
 それでなくても、資料があちこち積んであるので、どこに何があるかわからなくなってしまうではないか。
 しかも一週間、大工さんが作業するので、道場では仕事はできない。

 ということは、当面、必要な資料を自宅に持ち帰らなければならない。
 自宅にもファックスはあるが、スキャンの性能が落ちる。
 モノクロ印刷は自宅でもできるが、カラープリンターは仕事部屋にしかない。
 
 不便である。
 面倒であるが、自分が言い出したことだから、仕方がない。

 不満を封じ、納得させ、人を意のままに従わせるには「言い出しっぺ」にすること。
 そんな原稿を、先日書いたばかりだったことを思い浮かべつつ、
「紺屋の白袴」
 という言葉が脳裏をよぎるのだ。

投稿者 mukaidani : 10:09