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2014年12月31日

「終わりよければ」

 大晦日。
 今年も、今日で終わりだ。

「終わりよければ、すべてよし」
 と先人は喝破したが、「すべてよければ、終わりよし」ではないところに、先人の知恵が見て取れる。

 デタラメに過ごした一年であっても、今日という大晦日を心穏やかに過ごし、
「ああ、今年もいい年であったナ」
 と深く感じ入れば、「この一年、すべてよし」ということになるのだ。

 何やら真宗的な考え方のような気がしないでもないが、「終わりよければ」は奥の深い言葉である。

 昨日、拙宅の庭を見て驚いた。
 いつ買ってきたのか、「プランター畑」のためのビニール温室が、デーンと組みあがっているではないか。

「バカ者、プランターを買うのが先だ」
 と叱責したら、
「プランターはいつでも買えるでしょ」
 愚妻が居直って、
「温室は、天気のいい日に組み立てなくちゃダメなの」
 と反論する。

 楽しみになるはずの「「プランター畑」でさえも、我(が)を通してツノをつき合わす。
 人間は、まことに度しがたいものではないか。

「終わりよければ、すべてよし」で、今日は心穏やかにしていようと、いま自分に言い聞かせたところである

 この一年、ブログを笑覧くださり、ありがとうございました。

投稿者 mukaidani : 10:36

2014年12月27日

「納骨読経」の依頼

 ボランティア読経で、納骨を依頼された。
「何とか年内に」
 ということなので、28日、霊園におうかがいすることにした。

 私で役に立つのなら有難いことである。

 もちろん、「役に立つ」「立たない」で価値判断してはいけないことは、頭では重々承知しているが、
「人の役に立つ」
 という思いは、気持ちのいいものである。

 この「気持ちよさ」こそ大敵であることも、これまた頭では重々承知はしているが、そこは凡夫の悲しさということか。
 善人ぶることの醜悪さに自己嫌悪すると、親鸞さんが恋しくなってくる。


 来年は、あれやこれやと豊富は一杯ある。
 そのために走り回ってもいる。

 その一方で、
「人間、明日の命はわからない」
 と、したり顔で話をす。

 矛盾である。
 人間はそうしたものであると肯定するか、滑稽さに大笑いするか。
 人生とは何と面白いものかと、64歳にして、ようやく気づくのだ。

投稿者 mukaidani : 01:09

2014年12月24日

窮すれば通ず

 庭を畑にするのは大儀である。
 私には、とてもそんな時間はない。
 腰も痛くなる。
 アイデアは悪くないが、これは愚妻がやるという前提での話だ。

「わしがやる」
 と思わず口走ってしまったものの、冷静になって考えると、そんなことはやってはいられない。

 さて、どうしたものか。
 人生で直面する壁の8割は「知恵」で解決するというのが私の主義だ。

 あれこれ考えているうちに閃いた。

 プランターだ。
 庭にズラリとプランターを並べればいいではないか。
 きちんとレイアウトすればカッコもいい。
 草も生えない。
 鍬を振るわなくてもいい。
 いいことずくめではないか。

「おい、どうだ」
 愚妻に提案すると、
「地植えのほうがいいんじゃない?」

 浅学非才が異を唱えるので、
「バカ者。ベランダのプランター栽培であっても、立派な野菜がつくれるのだ」
 インターネットで検索したプランター栽培の画像を見せると、
「あら、素敵じゃない」
 コロリである。

 こうなると女はゲンキンなもので、さっそく量販店にプランターの下見に出かけて行った。

 かくして来年は、プランター栽培がわが家のテーマになった次第。

 繰り返すが、人生で直面する壁の8割は「知恵」で解決する。
 これを先人は、「窮すれば通ず」と喝破したのだ。

投稿者 mukaidani : 21:20

2014年12月20日

その一言で、苦労を背負う

 今夜で、道場の年内の稽古は終わり。
 明日の夜は埼玉県大宮支部に指導に出かける
 23日午前、道場で小学生たちの稽古納めをやり、豚汁とお菓子を配って、今年の空手行事はすべて終了だ。

 飲み会もあと二、三終わり、年末年始は一心不乱の原稿書きである。
 人さまは「大変ですな」と言ってくださるが、パソコンに向かっていれば、
(早く書かねば)
 という、あせりからは少なくとも開放される。

 何事も、立ち止まっているより、一歩ずつでも前に向かって進んでいるほうが、精神的にはいいということか。

 忙しくて、夏以降、ついぞ畑には行けず、愚妻の批難を浴び続けた。
 来年はもっと忙しくなるだろう。
 畑をどうしたものか考えているうちに、
(そうだ!)
 と、閃いた。

 拙宅には〝猫の額〟ほどの庭があるのだが、これを畑にするというアイデアである。

 さっそくウェブで「庭を畑にする方法」を検索し、一通りの知識は得た。
 うまくいくかどうか、半坪ほど実験し、畑になるようなら広げることにする。

「どうだ!」
 得意になって愚妻に提案すると、
「それで、誰が庭を耕すのよ」

 ジロリとニラまれ、
「わしがやる」
 思わず口走ってしまった。

 私はいつもこうして、しなくてもいい苦労を背負うのだ。

投稿者 mukaidani : 22:28

2014年12月15日

飛び去った「妙想」

「妙想飛来」ということについて、これまで何度か、このブログで触れている。

 梅原猛さんの言葉で、アイデアや気づきは突然、脈絡なく閃いてくるというものだ。

 いい言葉ですな。

 原稿を書いていて煮詰まったときなど、
「妙想飛来」
 と自分に言い聞かせるだけで、気分が楽になる。

 私の場合、湯船に浸かっているときに妙想は飛来するのだが、昨日も温泉で突如、気に入った書き出しが飛来した。

「よし」
 と湯船を出て、急いで原稿にすべく脱衣所で身体を拭いていたら、小学校時代の思い出が、これも唐突に飛来してきた。

 近所に小学校の教頭先生が住んでいて、高校生だった教頭の息子が秀才で東大を目指していたのだが、彼は風呂に入っても頭を洗わないという評判だった。

 頭を洗うと、暗記したことを忘れそうで、怖いというわけである。

(バカみたい)
 と、私は子供心にあきれたものだが、いま思えば、そのくらい真剣に勉強していたということなのだろう。

(なるほど、そういうことだったのか)
 と、脱衣所で納得しつつ身体を拭いていて、
「あッ!」

 そんなことを思い出していたら、せっかく飛来した「書き出し」が、きれいさっぱり消し飛んでしまったのである。

 しょうがないから、もう一度、湯船に浸かってみたが、妙想は二度と戻ってはこなかった。

 逃した魚は大きいと言うが、飛び去った妙想は、それはそれは素晴らしいものだったに違いないと、ホゾを噛んだのである。
 

投稿者 mukaidani : 19:28

2014年12月12日

笑い飛ばす

 昨日は、ボランティア読経に出かけた。
 地域包括センターの友人がクルマで送迎してくれた。

 包括センターの人たちは、本当によくやっている。
 つくづく頭が下がる。
 
 それにくらべて坊主はどうだ。
「法を説く」とか「お取り次ぎ」と言えば聞こえがいいが、要するに能書きばかりではないか。
 最近は我が身を振り返って、いささか自嘲気味。
 坊主の社会的役割は何なのか。
 ボランティア読経を通じて真剣に考えさせられるのである。


 今日は、某出版社の社長と昼メシをご一緒した。
 70歳を過ぎて意気軒昂である。

 いいことも悪いことも、何が起ころうとも、
「それがどうした」
 と思うようになったとおっしゃる。

「達観ですか」
 と問うと、
「いや、あきらめだ」
 即座に否定して、
「達観とあきらめは似て非なるものだ」
 呵々大笑である。

「笑い飛ばす」
 という言葉が、このとき脳裏をかすめる。

 そう、何事も笑い飛ばすのだ。

 生も死も、好きも嫌いも、そして不満だって。

投稿者 mukaidani : 23:33

2014年12月07日

気分は「終活」

 昨日、某大学の男子学生が、道場の仕事部屋へやってきた。
 初対面である。
 過日、私のホームページを通して、「インタビュー」の依頼があったものだ。
 授業の一環だそうで、私の半生や人生観、仕事観などについてインタビューし、それをレポートにまとめるのだそうだ。

 もろもろ忙しかったが、将来ある若者の依頼であり、私で役に立つならと引き受けた次第。

 約束の時間ちょうどにやってきた。
 しかも質問や態度、受け答えが真摯で好感が持て、ついつい余計なことまでしゃべってしまった。

「近ごろの若者は」
 と、舌打ちしたくなる学生が多いなかで、彼のような、見どころのある若者もいるのだ。
 何事も十把一絡げで見てはいけないことに改めて気づかされ、彼と会ってよかったと思った。


 今日は午後から粗大ゴミの整理である。
 原稿を書かねばならないが、前々からの予定であり、眉間にシワを寄せた愚妻の顔を見ると、
「忙しい」
 という言葉は、とてもじゃないが、口にはできない。

 それで整理を始めた。
 愚妻が物置からキャンプ用のテントを引っ張りだし、
「まだキャンプに行くつもりなの!」
 トゲのある言葉で言う。
「いらん」

 ゴムボートを引っ張り出して、
「釣り、するの!」
 うんとトゲのある言葉で言う。
「いらん」

 12月3日で64歳になった。
 粗大ゴミを整理しつつ、昨日、インタビューにきた20歳の学生を思い浮かべる。
 人生のスタートラインに立つ若者と、人生のゴールを目前にする私。
 気分は、もろ「終活」なのである。

投稿者 mukaidani : 13:13

2014年12月06日

夜空の月と、金子信雄さん

 唐突に、昔のことが脳裏をよぎることがある。
 昨夜は稽古の後、頭上の月を見上げてふと、俳優・金子信雄さんことが脳裏をよぎった。

 察するに、菅原文太さんが亡くなったことで、映画『仁義なき戦い』のことを思い浮かべ、そこから同映画で「山守組長」を好演した金子信雄さんを連想したのだろう。
 金子さんは平成7年に亡くなっているから、かれこれ20年になる。

 私は週刊誌記者時代、いくつもの連載対談を担当したが、金子信雄さんをホストにして連載したことがある。

 そのご縁で、よく飲みに連れて行っていただいた。
 金子さんのご自宅は杉並区の浜田山にあり、プライベートで飲み歩くのはたいてい阿佐ヶ谷だった。
 そのころ私は練馬区の中村橋に住んでいて、阿佐ヶ谷に近いことから、金子さんのお声掛かりで、阿佐ヶ谷の飲み屋をよくご一緒した。

 金子さんの〝飲み仲間〟が阿佐ヶ谷で宝石店をやっていたことから、
「おい、向谷君。ダイヤの指輪を安くさせるから、奥さんに買ってやれ」
 と金子さんに言われ、断るわけにもいかず、無理して愚妻にプレゼントしたものだ。

 人間の頭のなかは不思議なもので、夜空の月を見上げただけで、そんなことを唐突に思い出したのである。

 映画『仁義なき戦い』は、金子信雄さんの「山守組長」のキャラがヒットの一因だった。
「山守組長」の役は当初、東映としては三國連太郎さんを考えていたと、原作者の故・飯干晃一さんから聞いたことがある。

「山守組長は三國さんのキャラじゃないと、これだけは反対したんです」
 と飯干さんは私に言った。
 さすが、慧眼であると、いまさらながら敬服している。

 金子さんはダジャレが大好きで、「ホーイフレンド」のことを、
「あれはね、棒フレンドと言うんだ」
 と、下ネタにして笑ったり、山守組長のキャラに通じるものがある人だったが、もともと小説志望で、運命のイタズラで俳優になったのだと、飲むとよくおっしゃっていた。

「本当はね、芥川賞が欲しかったんだ」
 人気俳優になり、自分の劇団まで持ちながら、見果てぬ夢を心の片隅に抱く金子信雄さんの言葉に、人間は結局、満たされることがないのだということを、このとき思ったことを覚えている。

投稿者 mukaidani : 09:13

2014年12月03日

菅原文太さんのこと

 週刊誌の記者時代、私は「人物記事」を多く手がけてきた。
 政財界から芸能、スポーツまで、その時々で脚光を浴びていた人を中心にインタビューしたり、密着取材をするのだが、意外な一面を見て感心したのが、先日、お亡くなりになった菅原文太さんだ。

 撮影現場に密着取材していたときのこと。
 昼時、ロケ弁当を食べていた文太さんが、ヒザの上にご飯粒を落とした。
 どうするか見ていると、指先でご飯粒をつまんでひょいと口に入れ、私と目が合うと、
「もったいないからね」
 ボソリとおっしゃった。

 映画スターといえばハデなイメージがあるが、この仕草と言葉で、私はいっぺんに文太さんが好きになったものだ。

 周知のとおり、文太さんは晩年、農業に従事するが、農作業をする文太さんの記事を目にすると、
「もったいないからね」
 とおっしゃった言葉を思い浮かべつつ、「らしいな」と思った。

「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」
 と故事に言うが、「名を残す」とは、「言葉を残す」という意味ではないかと、つらつら考えるのである。

投稿者 mukaidani : 15:36