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2014年11月29日

腰痛である。

 雨だ。
 今日は夕方から、空手関係の忘年会がある。
 他組織の仲間たちと歓談するのは楽しいものだが、雨音を聞いていると、次第に億劫になってくる。

 加えて腰が痛い。
 十年前に痛めた箇所だ。

「鍼を打ってもらいなさいよ」
 愚妻がうるさく言うので、一昨日は鍼灸院に行った。

 愚妻がうるさく言うのは、私のためを思ってのことではない。
 今夜、忘年会の後、所用があってクルマで遠出しなければならないからだ。
 腰痛で運転できないとなれば一大事というわけである。

 いまも腰が痛い。
 鍼を一度打ったくらいで治るわけがなかろう。
 そう言うと、
「ケガなんかするからよ」
 と十年前のことを持ち出して、批難する。
 理不尽な女だ。

 雨音のせいか、
「雨ニモ負ケズ」
 という言葉が不意に脳裏をよぎる。

 そうだ。
 何事も負けてはいられないのだ。

投稿者 mukaidani : 11:49

2014年11月24日

映画でも観に行くか

 昨夜は、当道場の大宮支部へ指導に出かけた。
 片道2時間30分だから往復で5時間、指導に2時間。
 一昨日は空手の試合。

 ここ二週間、いろんな用事がドドドっとやってきて、何から手を付けていいか溜息である。

 12月も予定があれやこれや入っていて、年内2冊書きあげる予定にしていたが、原稿の段取りが進まず、越年必至。
 そうすると、〆切が玉突き状態になっていく。
 ビリヤードのコツンと球を撞く音が、頭の中で響いている。

 亭主の苦悩をよそに、愚妻は美容院へ出かけた。
 出かけたと行っても、拙宅の隣が美容院なのだ。
 サンダルをつっかけて、トントンと十秒も歩けば美容院という次第。

 癪にさわるから、今日は夕方から映画でも観に行くか。

投稿者 mukaidani : 13:06

2014年11月22日

老婆二人の会話

 足の甲がプクっと腫れて痛くなったので、皮膚科へ行ったら、
「これは整形外科に行って下さい」
 と言われた。

 今月の初めも、同じ症状で激痛に襲われたので、かかりつけの内科に定期診察に行った折り、ついでに患部を見せると、
「膿(うみ)が溜まっているねぇ。もうちょっと腫れたら切開しましょう」
 ということで抗生物質を処方された。

 腫れは膿でなく、骨の関係であるというのに、あのときメスで切開されていたらどうなっていただろうか。
 モチはモチ屋とは、先人はうまいことを言ったものだ。
 内科に見せた私が悪かったのだ。

 で、整形外科に行って、待合室で延々待たされるのだが、私の隣に座っているお婆さん二人の会話には、おもわず唸ってしまった。

 お婆さん二人は、小笠原のサンゴ密魚に手も足も出ない日本政府に憤慨し、拉致問題で北朝鮮に鼻面を引きまわされる日本政府を批難し、先行き不透明な日本経済に溜息をつき、
「これ以上、孫はいらん。可哀想だもの」
 と言って、お互いがうなずき合っていた。

 老婆にして、この言(げん)。
 いろいろ考えさせられたのである。

投稿者 mukaidani : 01:04

2014年11月13日

子育てと、親の責任

 忙しいと、どうしても予定を先送りして入れてしまう。
 となると、必然的にアポがどんどん後ろへずれていって、11月、12月は毎日予定が入ることになる。

 そんなわけで昨日は、保護司の仕事で県外の少年院へ面接に出かけた。
 人なつこい笑顔の少年だった。
 犯罪を犯そうと思って生まれてくる子はいないのだということを、痛感する。

 そう言えば、以前、
「私はそんな子に育てた覚えはない」
 と言った不良少年の親御さんがいた。

 そうだろうと思う。

 しかし、「子育て」は植木を育てるのと同じだと、私は思っている。
 赤ちゃんという苗に水をやり、肥料をやり、成木に育てていく。

 となれば、
「私はそんな木に育てた覚えはない」
 というセリフは有り得ない。
 育てた側にも責任があるのだ。

 少年院や刑務所に面接に出かけると、否応なしに人生というものを考えさせられる。
 生きるというのは、何とも難儀なものである。 

投稿者 mukaidani : 20:56

2014年11月01日

「空手しつけ教室」を思い立つ

 カレンダーを見て、驚いた。
 今日から11月ではないか。
 このところ原稿を書きっぱなしで、これが終われば年内脱稿があと2冊だが、ちょいと難しいのではなかろうか。
 書き出してみれば、ハッキリするだろう。

 ニーズがあるのかどうかわからないが、週二回、幼児を対象に「空手しつけ教室」をやってみようかと思っている。
 ニーズがなければいいが、もしあったら、それに対応する準備をしなくてはならない。

 何を、どう教えるか。
 保護者との連係をどうするか。
 しつけとは何か、教育とは何か、礼儀作法の本質はどこにあるのか、さらに子供の発達心理、母親の心理といったものを、空手の稽古にどう絡めていくのか。

 勉強することは山ほどあり、もろもろ考えると、これは大変な作業になり、
(ニーズがなければいいが)
 と、なまけ心がもたげてきたところを見透かして、
「余計なこと、しないほうがいいんじゃないの」
 自分に類が及ぶのを恐れて、愚妻が牽制するのだ。

 熟年向けに「ボランティア読経」、幼児向けに「空手しつけ教室」。
 うまくリンクすれば、いろんな可能性が見えてくるのだろうが、さて、どうしたものか。

 来年8月1日、沖縄で第一回古武道大会が開催される。
 私の会からも30名ほどがエントリーする予定だ。
 その強化練習を来週9日の日曜日、うちの横浜支部で行う。
 早朝7時30分開始なので、千葉を5時に出なくてはならない。
 しんどいことだ。

 12月で64歳。
「館長は歳なんだから無理しちゃだめ」
 いたわってくれるのは、道場の小学生たちだけである。

投稿者 mukaidani : 13:35