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2014年10月21日

子供の護身術セミナー

 昨日は、市内の小学校で、昇空館主催の「空手護身術セミナー」である。
 同校のPTAに依頼されたもので、1、2年、3、4年、5,6年の三つにわけ、9時30分から12時15分まで、午前中の三時限を使って指導した。

 子供の護身術は難しく、
「いかに逃げるか」
 ということを主眼に組み立て、護身術を解説したカラーのチラシを作成して、配布もした。

 と言っても、私の役割は、初めの挨拶と〆の挨拶だけで、実技は指導員や学生たちが担当である。

 それにしても躾(しつけ)がよく行き届いた子供たちで、
「礼儀作法を教えるはずの道場より、こっちのほうが素晴らしいではないか」
 と、えらく感心した。

 何事も、
「ああしなさい」
「こうしなさい」
 と教えるのは簡単だ。 

 だが、「教えること」と「それが身につくこと」は、まったく別物である。
 そのことに思いを馳せれば、「教え方」にもっと工夫をする必要がある。
 ズボラな私でも、あれこれ考えをめぐらせているのだ。

投稿者 mukaidani : 19:00

2014年10月18日

糸の切れた凧(たこ)

 松島みどり法相の「うちわ配布」と、小渕優子経済産業相の「観劇」で安倍内閣が揺らいでいる。

「女性の積極登用が裏目に出た」
 という論調もあるが、それは結果論。

 問題の本質は、安倍首相の「欲」と「錯覚」にあると私は見ている。

  改造前の内閣はスキャンダルと無縁で、閣僚が一人も交代せずに617日も続き、「戦後最長内閣」となっていた。

 つまり、これ以上の安泰はないという内閣なのだ。
 それを、なぜ改造したのか。

 ここに安倍首相の、いや私たち人間の「欲」と「錯覚」を私は観るのだ。
 
 人間というやつは、順風のときは風にまかせてじっとしていればいいものを、とかく動きたがる。
「時の勢い」は、運の後押しがあって初めてつくものであるにもかかわらず、「自分の実力」と錯覚するからだ。
「努力の結果」だと勘違いするからだ。

 だから、
「よし、この勢いに乗じて、もう一押し」
 となる。

 これが「欲」である。

 錯覚に突き動かされた欲は、地に足がついていないから、足もとをすくわれる。
「人間は得意の絶頂で転ぶ」
 とは、こういうことをいうのだ。

 凧(たこ)は、糸の長さ以上には上がらない。
 この当たり前のことを忘れて、
「もっと、もっと」
 と天まで上げようとする。
 こうして上がった凧を「糸の切れた凧」というのだ。

投稿者 mukaidani : 11:35

2014年10月11日

足りないのが人生

 明後日は、佐倉市民空手道大会だ。
 市内はもとより、県下から多数の参加があり、ありがたいことに今年も選手数は600名を超える。
 9コートがフル回転で、審判も県内はじめ東京など60名ほどになる。

 一方、私は原稿の〆切が続き、尻に火がついている。
 だが立場上、欠席するわけにはいかない。
 というより、本部席に座って、来賓の方々と雑談のお相手をするのが役目なのである。
 大会終了後、一杯やる〝反省会〟にも、もちろん顔を出さなければならない。

 選手諸君は緊張から顔がこわばるものだが、雑談しながら一日中、本部席に座っている私は、〆切のあせりから、これまた顔がこわばっていることだろう。

 そんなわけで、今朝は6時からパソコンに向かい、延々と原稿を書いている。
 あと30分もすれば、子供たちが稽古にやってくる。
 試合前なので、自主稽古をさせておいて私は原稿を書きたいのだが、今日は幼稚園の子が数名、体験にやってくるとか。

 となれば、自主稽古というわけにはいかず、私が指導しなければならない。
 時間と金と幸せは、足りないようにできている。
「足りないのが人生」ということか。

投稿者 mukaidani : 17:20

2014年10月05日

イヤ味が通じない

 仮眠を挟みつつ、金曜、土曜と徹夜状態である。
 木曜は埼玉県に取材にも出かけた。
 こういうときに限って所用が重なり、今夕はパーティがある。
 週末は、てんてこ舞いである。

 そんな私を見て、
「仕事しないで、怠けているからでしょう」
 と、畑に行かされている愚妻は、ここぞとばかり攻撃してくるが、これは思慮が浅い。

「怠けていることが問題なのではなく、怠けざるを得ない原因が何であるか、そこに目を転じなければならない」

 私が諭すと、
「原因は何なのよ」
 質問で切り返してくる。

 諭しや質問に対して、質問で切り返すとはなかなかウデを上げてきたが、まだまだ。

 私が言う。
「原因を探っていけば、人生観にまで及ぶ。聞きたいか?」
「いらない」

 これで議論は打ち切り。
 愚妻は勝ったつもりでいるが、ここが愚かなところで、「怠けている」という私への批難は雲散霧消したことに気づかないでいるのだ。

 勝ったつもりの愚妻は、
「マッサージの予約しているから、行ってくるわね」
 機嫌よく告げる。

 私は原稿書き。

 しゃくにさわるので、
「揉んでもらうのはいいが、頭の中まで揉まないようにちゃんと言っておくんだぞ」
「大丈夫よ。向こうも馴れているから」
 イヤ味が通じないのか、知っていて切り返してきたのか。

 今日は、私に分が悪いようである。

投稿者 mukaidani : 14:41