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2014年08月28日

回転寿司に出かけてみた

 今日は、拙著『定年後、ゼロから始めて僧侶になる方法』について、日刊ゲンダイの取材を受けた。
 手術からちょうど2週間が経ったが、鼻洗と綿の詰め替えを朝夕に行っており、息苦しいやら、しゃべりにくいやら。
 それでも丁重に取材していただき、ありがたいことである。

 先日の診察のおり、サウナについて女医さんに聞いたら、まだまだ厳禁とのこと。
 ガッカリしつつ、風呂とサウナが生活のリズムになっていたことに、いまさらながら気づいたところである。

 そう言えば、入院の8日間、坊主の教師教修で籠もった別院の10日間、朝風呂に入れないことがこんなにつらいことか、身をもって知らされたことを思い出した。
 習慣とは、げに恐ろしいものである。


 昨日、回転寿司に行った。
 ざっと数えて、二十数年ぶりである。
 馴染みの寿司屋もあり、「回転」は気が進まなかったが、新しい店ができたと愚妻がしつこく誘うので出かけた次第。

 席のタッチパネルには驚いた。
 しかも、注文した鮨が近づいてくると、
「間もなくです」
 とか何とか音声ガイドが流れる。

「間もなく」
 という予告があるということは、
「到着しました」
 と再度、案内があるはずと勝手に思っていたら、そのまま目の前を皿が通り過ぎてしまった。

 回転は気が抜けなくて、私の性分には合わないことがよくわかった。
 やっぱり板前さんが私の顔色をうかがいながら、
「握りますか?」
 と気遣ってくれるのがいい。
 寿司屋は、カウンターを挟んだコミュニケーションが楽しいのだ。

 そのことに改めて気づき、
「もう回転はやめだ」
 と愚妻に告げると、
「何をやっても文句を言うのね」
 と、すこぶる機嫌が悪かった。

 愚かな女にはわかるまいが、ただ食べればいいというものではない。
「回転」に出かけるかどうかは、実は人生観の問題でもあるのだ。

投稿者 mukaidani : 21:59

2014年08月24日

お祭りでの演武会

 昨日は、地元「臼井ふるさと祭り」で演武会。
 地元のキックボクシングジム、ボクシングジム、そして当道場の三団体で行った。

 会場は屋外にリングと照明装置を設定。
 三団体が交互に工夫をこらした〝演し物〟を見せる。

 当道場は子供の基本、空手の型、子供の組手、子供護身術、大人の護身術、古武道の型、ヌンチャク対棒(短刀)、青年たちの組手などを披露した。

 5時スタートで9時終了と長丁場なので、子供たちの演武を前半にもってくるなど、あれこれ頭を絞ったようだ。

 絞ったようだ、というのは、他でもない。
 私は今回の演武会は、ノータッチ。
 しかも、鼻の手術で入院。
 したがって実施プランと進行は、会員諸君にお願いした。

 小学生だけで30名ほどが参加しているので、演武の中身だけでなく、道場から会場までの引率など、一般会員の役割分担など大変だったろう。
 支部の方々の協力は心強かった。

 もう私など出る幕はあるまい。
 有難いことである。


 人生も、技術も、見識も、人間関係もすべて、経験を経ることによって、ひと皮ずつ向けていく。

 ところが、ここを私たちは勘違いして、経験を「蓄積」と考えてしまう。

 そうではなく、経験とは、ある価値観に凝り固まった私たちの心から、余計なものを一つずつ心から解き放つキッカケになるものではないだろうか。

「経験を活かす」
 とは、凝り固まった価値観を削ぎ落とすことを言うのだろう。

 昨夜の演武会を振り返って、そんなことを思うのである。

投稿者 mukaidani : 09:19

2014年08月21日

退院して、娑婆にもどる

 予定どおり退院。
 愚妻と娘が迎えに来た。
「口うるさい男がいなくなって、看護婦さんたちが喜んでいるんじゃないの」
 愚妻が言えば、
「でしょう」
 と娘が受ける。

 文言(もんごん)は違えども、谺(こだま)が返ってくるかのような会話。
 さすが母子である。
 となれば、娘の亭主も私同様、苦労していることだろう。


 健康のありがたさは、健康を失って初めてわかるという。
 健康だけでなく、お金も、境遇も、人間関係もすべて、それを失って初めていかに恵まれていたかがわかる。

 言い替えれば、私たちは失うことでしか、今まで手に何を握っていたのか、気がつけないということではないのか。

 ということは、私たちは「不幸になることでしか、幸せに気づくことができない」ということであり、気づいたときは、幸せはすでに過去のものになっている。

 そう考えると、釈迦の言う「足るを知る」の意味が、いささか違って見えてくる。

 これまで私は、
「あんまり欲張らないで、このへんでよしとするか」
 と、適当なところで手を打つことだと思っていたが、そうではなく、
「あんたは気がつかないだろうけど、実は今で十分にハッピーなんだよ」
 ということを言っているように変わってきたのである。

 失うまで、今の自分が持っているモノに気づけない私たちは、絶対に「足りる」ということはない。

 失って初めて、
「あっ、足りていたんだ!」
 と気づく。

 だから「足るを知る」とは、
「その握った手を開いて、手のなかにあるものを見てみなさい。素晴らしいものをたくさん握っているじゃないか。しかるにあなた方は、手を握ったまま中身を見ようとしないで、もっともっとと欲しがっている」
 そんな諭(さと)しではないかと解釈するわけである。

 道元禅師は、
『放てば手に満てり』
 と喝破した。

 手を執着にたとえたもので、
「手を開けば(執着を捨てれば)、豊かな真理が手に入る」
 という意味だが、これを私は、
『開けば手中(しゅちゅう)に真理あり』
 と言い換える。

「手を開けば、そこには豊かな真理がある」
 という意味で、それぞれ個々人の立場で、「真理」を「幸せ」や「夢」に置き換え、
「開けば手中に幸せあり」
 と言い換えればよい。

 入院中、夜はベッドの灯りが暗いため、仕事も読書もできない。
 それで、あれこれ考える。
 考え過ぎて明け方になり、
「検温です!」
 という看護婦さんの声を夢うつつで聞く。
 そんな入院生活だったが、これはこれで貴重な経験をさせてもらったと思っている。
 

投稿者 mukaidani : 00:04

2014年08月17日

やっとこさ点滴が終了

 術後の経過がよく、予定より早く20日の退院である(たぶん)。
 点滴も今夕で終わりである。
 病院食がマズイのではないかと気になっていたが、これがなかなかウマイのである。

 入院前、「毎食を運んでくれ」と愚妻に頼んだのだが、厳しく拒絶され、困ったものだと心配していたのだが、これは杞憂。
 病院のサービスもよくなったものだ。

 手術は14日の朝一。
 全身麻酔なので、痛くもかゆくもなく、気がついたら四時間ほどの手術は終わっていた。
 それはいいのだが、問題は麻酔が醒めてから。

 鼻と目の奥がズキズキ痛むのである。
 鎮痛剤アレルギーがあるので、別の系統の薬を使用してくれることになっているのだが、不安である。

 我慢に我慢を重ねた末、ギブアップ。
 座薬を入れてもらったが一度できかず、時間をおいて二度入れる。
「これで痛みが治まらなかったら、注射にしますから」

 最初から注射にすればよさそうなものだが、あまり使いたくない薬ではないか、と患者は勝手に邪推するのだ。
 それでも何とか痛みは小康状態となり、やれやれ。

 ついでなから、寝たきりなので、小便はチンポコに差し込んだ管。
 初めての経験で、これがすこぶる不快なのである。

 翌15日も、頭がズキズキで座薬。
 何とか小康状態。
 夜、管を抜きに若い看護婦さんが病室に来る。
 何の因果か、ジイさんのチンポコを見なければならない彼女が気の毒で、私は恥ずかしさよりも、申しわけなさで小さくなっていた。

「はい、スーッと息を吐いてください」
 ニコやかな声で看護婦さんが言って、私がハーッと息を吐くや、ピュッと瞬時に管を抜き去る。
「痛テテテ!」

 痛かった。
 管を抜いてからが難儀で、排尿のたびに「痛テテテ」。
 通常にもどったのは今日である。

 それにしても、「余命宣告されれば笑って甘受」と普段はエラそうなことを私は言っているが、チンポコの管一本で、この大騒ぎ。

 余命宣告が甘受できるのだろうか。

 いろいろ考えさせられることの多い手術であった。

投稿者 mukaidani : 17:00

2014年08月12日

明日は入院である

 明日、鼻の手術で入院である。
 鼻茸(たけ)と、ついでながら副鼻腔炎の手術だ。
「無理にやらなくてもいいですが、やるだけの価値はあると思います」
 と言われ、
「じゃ、やりますか」
 と、気軽に返事した結果である。

 相手が女医さんでもあり、
「やるだけの価値はある」
 とおっしゃってくださっているのに、
「じゃ、いいです」
 とは言えないではないか。

 そんなわけで、一応、9日間ほど入院することになったのだが、単行本の〆切が続くため、入院が決まった6月以降、怒濤の忙しさ。
 なんとか昨日、入院前の原稿を渡した次第。

 それでも次の〆切があり、病院にはパソコン持参となる。

 そういえば8年ほど前になるが、忙しくて過労でダウン。
 一週間ほど入院したが、そのときもパソコン持参だった。

 仕事を頑張っているわけではなく、面白いからやっているに過ぎない。
 でなければ、私のようなワガママ人間が、仕事などやるわけがない。
 要するに、壮大な「遊び」なのだ。

 言い換えれば、原稿に追われれば追われるほど、遊びを楽しんでいるということになる。
 いやいや原稿だけでなく、人生そのものが遊びだと思っている。
 遊びに目くじらを立てることほど愚かなことはあるまい。

 ただ、遊びに忙しすぎて、今回、どこをどう手術して、何がどうなるのか、女医さんから夫婦して説明を受けたが、よく覚えていない。

「おい、わしの病名は正式に何と言うのだ」
 愚妻に聞くと、
「さあ、私もよくわからないのよ」
 私の手術より、畑のトマトが熟れすぎているのではないかと、そのことをしきりに気にしている。
 愚妻は間違いなく長生きすることだろう。

 長生きと言えば、このところ葬儀会社から、互助会の案内電話がやたらかかってくる。

 葬儀は、高齢社会において成長産業だとか。
 でも、死ぬのに金がかかるなんて、考えてみれば妙な話ではないか。
 葬式離れは加速して当然なのである。
 坊さん連中はノーテンキに構えているが、時代は激変しつつあるのだ。


投稿者 mukaidani : 19:28

2014年08月06日

凡僧の一経

 昨日は、某市の地域包括センターの依頼で、ボランティア読経に出かけた。
 狭いアパートの一室。
 小さな卓袱台に、骨壺が置かれている。
 ご主人が亡くなられて一ヶ月。
 奥さんの退院を待っての法要である。

 奥さんは高齢で、独居とのこと。
 少し認知症が出始めたとセンターの担当者がおっしゃっていたが、明るい人で、楽しく世間話をする。

 持参した携帯用のご本尊、焼香台、お鈴をセットして読経を始める。
 クーラーも扇風機もなく、汗がじわりと吹き出し、やがてスキンヘッドを伝わって読経の口に入ってくる。
 衣の下に長襦袢(白衣)、襦袢、下着、それにステテコ。
 重装備は暑いですな。

 夕刻、センターの方からメール。
 奥さんが、あとで涙を流して、喜んでくださっとのこと。
 つたない読経でも役に立つのがあるということか。

 私は教説をふりかざすほどの学識もなく、これからの仏教を考えるほどマジメでもない。
 所詮、わがままな極楽トンボだが、人生の成り行きで僧籍の末席を汚している。

 残りの人生は少ない。
 じっとしているわけにはいくまいが、経験も能力も乏しく、私にできることは限られている。
 叶うことなら、「貧者の一灯」ならぬ「凡僧の一経」でありたいと願うのだ。

投稿者 mukaidani : 11:51

2014年08月04日

やり過ぎは禁物

 そろそろ、畑のキュウリが終わりだそうだ。
 よくわからないが、今朝、愚妻が畑から帰ってきて、そう言っていた。

 それにしても、愚妻は毎朝のように畑へ出かけている。
「何がそんなに面白いのだ」
 不思議に思って問うと、
「あなたが行かないからでしょ!」
 こういうのをヤブ蛇と言うのだろう。

 畑から帰ると決まって、
「暑くて倒れそう」
 と言う。

「夏は暑いに決まっておる」
 と事実を指摘するとムクれるので、
「そうか、大変だったな」
 とねぎらっておけば、浅薄な愚妻はコロリとだまされる。

 だが、今朝はつい調子に乗って、
「おまえのためにエアコンをかけて涼しくしておいたぞ」
 と言ったところが、
「あなたが涼んでいたんでしょ! 自分ばっかり涼しい部屋にいて」
 ヤブをつついて大蛇が飛び出したのである。

 何事も、やり過ぎは禁物。
「もうひと声」の欲で人間は失敗する。
 半分を超えたところで止めて、ちょうどいいのだ。

投稿者 mukaidani : 11:09