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2013年08月22日

肩痛には〝逆療法〟

 心の病にかかるサラリーマンが増えているそうだ。
 今日のニュースで報じていた。

「仕事のストレスが原因」
「企業のリストラが進み、雇用不安が広がった」
 と指摘している。

「ストレス」に「リストラ」なんて語呂合わせのようだが、両語をくっつけて、私は「ストリス」と呼んでいる。

 ちなみに私のような自由業にはリストラはないが、ストレスなら充分すぎるほどある。

 愚妻は、
「あなたなんか極楽トンボで、どこをどうすればストレスが溜まるのよ」
 と悪態をつくが、私の場合はストレスがないのではない。
 ストレスに押しつぶされ、突き抜けたというのが正しい。

 禍(わざわい)は転じて福になるのと同様、ストレスも転じれば、安穏気分になるということなのだ。

 つまり、どんな不幸な境遇やアクシデントも、逃げるのではなく、敢然と向かっていって突き抜けてしまえば、好結果に転じるということなのだ。

 だから私は何事も〝逆療法〟を試みる。

 左肩の痛みに対しては、庇(かば)うのではなく、肩をガンガン動かすのだ。
 そうすると、ますます痛くなる。
 この痛みを突き抜けさえすれば治るはずだ。

 そう思ってはいるが、なかなか突き抜けそうもない。
 そのうち右肩の痛みも強くなってきた。
 さらに今朝、朝風呂に浸かって歯を磨いていると、右手首に痛みが走った。
「おい!」
 愚妻を呼びつけ、その旨、申し伝えると、
「電動歯ブラシを使っていて、どうして手首が痛くなるのよ」

 一理あるが、視点を変えれば、電動歯ブラシでさえ痛むことが問題ではないか。
 意地にでも、私は〝逆療法〟を続けるのだ。

投稿者 mukaidani : 13:29

2013年08月17日

冷や汗がタラリ

 なぜか今朝は、築地本願寺にお参りに行きたくなり、5時30分に家を出て7時から晨朝勤行。

 ついでに10時30分から1時間、法話があるので、これもたまには聴聞することにして、それまで2時間ほど喫茶店で原稿書き。

 聴聞を終え、午後1時に帰宅すると、2時から保護観察対象者の自宅へ家庭訪問。
 そのあと雑用をすませたらメシを食う時間がなくなり、愚妻にパンを買ってこさせて、これを夕食とする。

 5時から幼児・1年生、6時15分から小学生の稽古。
 このあと7時45分から中学生以上の稽古となるが、ようやく今ひと息ついたところ。
 
 明日は代々木第二体育館で国際松濤館の全国大会があり、つき合いで顔を出す。
 夜は酒席で、帰宅は深夜になるだろう。

 原稿が進まず、冷や汗がタラリ。
 猛暑の汗とはひと味ちがうのだ。

投稿者 mukaidani : 19:39

2013年08月14日

心穏やかな一日

 今日の午前中、墓参りに行ってきた。
 クルマで20分ほどの霊園なので便利だが、暑さは距離とは関係ない。
 無風に加え、あまたの墓石が陽を反射して霊園は実に暑いのだ。

 墓参で熱中症になったらみっともないので、愚妻に日傘を差し掛けさせ、短いお経を早口で称える。
 もとより愚妻はお経のことなどわからず、何事も「臨機応変」が私の持ち味なのだ。

 帰途、ファミレスに入ると満席。
 順番待ちである。

 並んでまでメシを食べないのが私の流儀で、こういう場合、さっさと後にするのだが、ふと昨日のことが脳裏をよぎる。


 昨日は、仕事用のノートパソコンを持ち、朝7時に自宅を出て、埼玉県深谷市の日帰り温泉に出かけた。

 高速道路の下りは、お盆の渋滞は12日がピークと聞いていたので、スイスイといくはずが、えらい渋滞に巻き込まれた。

 頭に来て高速道路を下り、一般道を走ったところが、到着が午後1時30分。
 2時間の予定が、6時間以上の運転である。
「あのまま、高速道路で行けばよかったのに」
 愚妻になじられ、私は返す言葉かなかった。


 そのことを思い出し、私はファミレスの順番待ちを了解した。
 そして20分ほど待って、席に着いた。
「並んでまでメシを食うような人生を、わしは歩んではおらん」
 と愚妻に文句を言いたかったが、墓参りにいった帰りだ。
 心穏やかに過ごすことにしたのである。

投稿者 mukaidani : 15:06

2013年08月11日

リハビリに通う

 左肩をヒネると、痛くて飛び上がりそうになる。
 で、整形外科でリハビリに通っている。

 一日中、机に座ってパソコンのキィーボードを叩き、そのあと準備運動もそこそこに稽古となれば、肩や関節もおかしくなるだろう。
 わかってはいるが、子供たちの出席を取ったり、あれやこれや用事があって、念入りに準備運動をする時間がないのである。

 ならば、おとなしくしていればいいようなものだが、つい、
「違う! こうやるんだ!」
 と、やって見せる。
 それで肩を壊したのだろう。

 八月も、すでに半ば。
 仕事も山積してきて、今日も一日、仕事部屋の机に座っている。

 先ほど愚妻から電話があって、
「今夜は野菜カレーをつくったから」
 とのこと。

 狙いはわかっている。
 キィーワードは「野菜」。

「私が毎朝、畑に水をやりに行っているのよ!」
 ということを得意になってアピールしているのだ。

 私が肩を押さえて「痛テテテ!」と悲鳴をあげているのに、何ともイヤミなことではないか。

投稿者 mukaidani : 19:33

2013年08月06日

一人でメシを食いに行く

 いま、九十九里の仕事部屋である。
 一昨日、花火を見たあと、一人でやってきた。

 調子に乗って日帰り温泉に浸かっているうちに、仕事が溜まってしまい、終日、部屋に籠もっている。

 それでも当然ながら腹は減る。

 で、昨夕、ソバ屋へ出かけると、
「あら、奥さんは?」
 と女将が聞く。

 先月は魚料理の店で、
「あら、奥さんは?」
 と聞かれた。

 二度目は、
「奥さん、具合が悪いわけじゃないですよね」
 と小声で聞かれた。

 三度目は、何も聞かなかった。

 何だか女房に逃げられた亭主みたな気分で、落ち着かないのだ。

 それで、昨夕はソバ屋にしたところが、
「あら、奥さんは?」
 同じことを聞かれた。

 女房に逃げられたと思われてはカッコ悪いので、魚料理の店に告げたのと同じことを言う。

「家で飼っているバカ犬の具合が悪くてね。カミさんは、その介護なんだ」
「それは大変ですね」
「いやいや、私を介護する練習にちょうどいいんですよ」
「アッハハ」
 とは笑わず、女将は曖昧な笑顔を見せていた。

 食事に行かず、コンビニで何か買って食べようかとも思うが、初老の男が一人でやって来て、おにぎりや弁当を買うのは、それはそれでカッコ悪いような気がするのだ。
 そんなこんなで、一人暮らしはいろんな意味で楽ではなかろうと、いま考えているところなのである。

投稿者 mukaidani : 10:08

2013年08月04日

忙しい一日

 昨日は愚妻を連れ、朝6時出発で、埼玉県行田市の「古代蓮の里」に出かけた。

 特に理由はない。
 例によって、私の気まぐれ。
 無性に蓮(はす)の華が見たくなり、ネットで検索して出かけたのだ。

 広大な公園を散策しながら、「泥中(でいちゅう)の蓮」について、愚妻に話して聞かせる。

「『泥中の蓮』とは、悪い環境に染まらず、清く生きることのたとえだ。泥の中でも、清らかな花を咲かせる蓮のように、周囲の汚れた環境に影響されずに正しく生きることを言う。仏教では、蓮を悟りにたとえる」

 すると愚妻は、
「その逆はないの?」
「どういう意味だ」
「良い環境にあっても、それに染まらず、わがままに生きる華よ」

 私に対するイヤ味である。
 バチ当たりなことだ。

 余談ながら、愚妻が授かった法名(他宗で言う戒名)は「釋浄華」。
「浄華」とは蓮の華のことだ。
 愚妻の法名にされて、蓮の華も迷惑なことだろう。
 まったくもって申しわけないことだと、私は心のなかで蓮の華に手を合わせ、謝ったのである。


 行田市に行ったついでに、深谷市まで足を伸ばし、日帰り温泉に浸かる。
 これがなかなか気持ちがよく、これからは山梨に加え、深谷にも出かけることにする。
 こちらは宿泊もできるので、便利がよさそうである。

 夕刻、帰宅。
 印旛沼の花火大会があるので、見物に出かける。
 花火はどうでもいいのだが、3年前に新調した浴衣が2枚あり、一度も袖を通していない。

 2枚を一度に着るわけにはいかないので、とりあえず今年は1枚に袖を通すことにした次第。
 素肌に着ると、気持ちがいい。
「花火には、やはり浴衣じゃのう」
 と言うと、
「こうして花火を見に出かけるの、30年ぶりかしらねぇ。あのときは途中で大雨が降って風邪を引いて・・・」
 愚妻は、どこまでもネガティブなのである。

投稿者 mukaidani : 11:32

2013年08月01日

軍事パレードの行進

 夕食時、テレビニュースが、北朝鮮で行われた「朝鮮戦争休戦60周年」のパレードを報じていた。

 周知のように、足を前方に高く上げ、踵(かかと)を大地に叩きつけるような行進である。

 どうして、あんな歩き方をするんだろう。
 それでなくても物資が欠乏している国だ。
 靴の踵が取れたら困るだろうに。

 そんなことを考えていると、愚妻も、
「どうして、あんな歩き方をするのかしらねぇ」
 と首をひねっている。

 誰しも考えることは同じだと思ったら、違った。
「膝を痛める人が、きっと多いと思うわ」

 愚妻の関心事は膝痛である。

 同じ画像を見ていても、視点はまるっきり違うのだ。
 夫婦ですらそうなのだから、人間関係が厄介なのは当たり前ということか。
 
 
 

投稿者 mukaidani : 22:11