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2013年04月30日

昨日は空手の試合

 昨日は、佐倉市の春期空手道大会だった。
 春期は小規模の大会で、それだけに初心者の子供たちが多く出場するのだが、ここでメダルを取るか取らないかは、その後の稽古に大きく影響する。

 メダルを取った子は次ぎの大会も頑張ろうとするし、負けた子は空手が嫌になってしまう。
 嫌にならないまでも、興味が削がれてしまう。

 勝った子には興味のさらなる喚起を、負けた子には、
「惜しかったな。次は勝てるぞ」
 と励ます。
 それぞれの子供に応じて言い方を考えるのだ。

 そんな思いで本部席から各コートの試合を観戦しているのだが、子供たちには私の気持ちは伝わらず、
「館長、アクビしていたじゃないの」
 と批難するのである。

 まったく、どこで誰に見られているかわからない。
 襟を正さなければと、これはマジメに反省するのだ。

投稿者 mukaidani : 09:33

2013年04月26日

「五条袈裟」転じて「野袴」に

 ヤオフクに、本願寺派の五条袈裟が出品されていた。
 友人のメールで知った。

 こんなものを出品するとは、何ともバチ当たりな気がしないでもないが、見ると、なかなかグッドなのである。

 最終的にいくらで落札されたか知らないが、私が見たときは5万円が最高値になっていたので、おそらく8万円くらいまで競るのではないかと思われた。
 欲しくなった。

「おい、どうだ、この五条袈裟は」
 愚妻に画像を見せて反応をうかがうと、
「持ってるじゃないの」
 即刻、却下。
「いまの五条だって、付けていくことないでしょ」
 嫌味まで言う。

「何てことを言う!」
 と怒るようでは未熟。
 ここは怒りをぐっと抑えて、
「なるほど、おまえの言うとおりだ。どうせ買うなら日常的に使うものがいいよな」
 さりげなく〝差し水〟をするのだ。

「それがいいに決まっているじゃないの」
 と、愚妻が得意そうに鼻をうごめかせたところで、
「実はこれなんだが」
 先日、送ってもらった野袴(のばかま)の生地を見本を見せて、
「これなら日常的に使うから、五条よりいいんじゃないか」
 ジワリと攻めていく。

 五条袈裟と野袴は本来、比較の対象にならないものだが、あえて比較させ、すり替える。
 これが「比較点のレトリック」という心理術なのだ。

「そりゃ、五条より野袴がいいに決まってるじゃないの」
 トントン拍子に話は決まり、
「じゃ、オーダーするから採寸してくれよ」

 かくして五条袈裟は、なぜか野袴に取って替わったのである。

投稿者 mukaidani : 11:03

2013年04月24日

「リビングウィル」ということ

 知人のHPに、リビングウィルのサンプル文が掲載してある。

 リビングウィルとは「生前の意思」のことで、「延命治療はお断りします」と書面で表明しておくことだ。

 最近、私もリビングウィルに関心を持っていたので、いい機会だと思い、「延命治療お断り」の意思表示を文章にした。

 すると、どうだ。
 気分スッキリと言うのか、身が引き締まる思いがしてきたではないか。

 延命治療を考え、それを文章に遺すということは、否応なく自分の最期に思いを馳せることだ。
 それも漠然とではなく、具体的に。

 この私は必ず死んでいく身であるということ、老い、そして病にも冒されるであろうことが、現実として認識できるのだ。

 これは、実に気持ちがいい。
 人生が有限であることに気づかせてもらって、リビングウィルに感謝である。

 あまりに気持ちがいいので、愚妻にも問うてみた。
「おい、おまえ、延命治療はどうするんだ」
 するとキッとニラんで、
「病気でもないのに、何てこと訊くのよ!」

 愚妻は、千年も万年も生きるつもりのようだ。
 リビングウィルと無縁の生き方に、私はしばし考えさせられるのである。

投稿者 mukaidani : 16:16

2013年04月22日

休養疲れ

 温泉につかり、たっぷり眠り、そしてうまいものを食う。
 土、日、月と休養を取ったところが、ドッと休養疲れである。
 生活のリズムは崩してはいけないということを、身にしみて悟る。

 愚妻が元気なのは、365日をマイペースで暮らし、決してリズムを崩すことがないからだろう。
 皮肉でなく、たいしたものだ。
 ゴー&ストップを激しく繰り返す私には、とうていマネができまい。
 このまま「我が道」を行くしかないか。

 今日は資料に目を通す。
 明日から仕事に本腰である。

 

投稿者 mukaidani : 22:47

2013年04月20日

京都より無事、帰還

 昨夜遅く、京都より帰宅。
 10日間におよぶ僧侶の研修(教師教修)は無事、終了した。

 教修の受講者は55名で、これが4班に分かれ、寝食を共にしつつ勤行の実習などをするのだが、早朝から夜まで予定がびっしり。
 62歳の身には、とてもハードなのだ。

 受講者のほとんどが若者で、しかもお寺の後継者。
 落後しないよう、班に迷惑をかけないよう、そのことだけを考えて必死の10日であった。


 ま、それはそれとして、私がショックだったのは、前頭部が思い切り禿げ上がっていたことだ。

 研修期間中は頭を剃る時間がないだろうと、京都行きの数日前から剃らないでおいた。

 次第に髪が生え始めていくのだが、前頭部から頂点にかけてだけ、生えてこない。
 この7年間、毎朝剃っていたので気がつかなかったが、いつのまにか禿げ上がっていたのである。

 鏡を見ながら嘆息していると、
「あのう、どうかしましたか?」
 同じ班の20代の若者が心配して訊いてきた。

「いつのまにか禿げているんだ」
「でも、渡辺謙みたいで、カッコいいっスよ」
「ありがとう」

 そう応えたものの、私は若者に慰められる年齢になっているということなのだ。
 もう肩肘張って生きていくのはやめよう。
 そんなことを考えさせられた10日間であった。

 帰宅すると、愚妻が私の禿げ上がった頭を見て、
「あら、お爺さんみたい」
 と、うれしそうな顔で言う。

 これはカチンときて、やっぱり肩肘張って生きていくべきだと、考えを修正した次第である。

投稿者 mukaidani : 17:00

2013年04月08日

ブログの小休止

 僧侶の研修で、明日から京都。
 よって、このブログは12日ほどお休み。
 
 この歳で研修など、私としては溜め息が出るが、愚妻は口うるさい亭主から開放されるとあって、ルンルン気分。
 前祝いのつもりか、昨夜は「ポーン!」とシャンパンを開けて、ひとりで飲んでいた。

 道場は愚息が指導にくるので、愚妻は用ナシ。
 まさに、たっぷり「休暇」である。
 これも〝愚妻孝行〟と、ポジティブにとらえよう。

 研修の様子は、後日ご報告。

投稿者 mukaidani : 11:37

2013年04月05日

「適顔適所」ということ

 日限の黒田総裁がイケイケドンドンで威勢がいい。

「量的にも質的にも、次元が異なる金融緩和政策を行う」
「戦力の逐次投入はしない。現時点で必要と考えられる措置はすべて講じた」

 この威勢のよさに、愚妻までもが、
「ね、ね、マネタリーベースってどういう意味?」
 テレビニュースを見ながら訊いてくるほとである。

 いよいよ好景気到来のムードといったところか。

「景気」の「気」は「気分のこと」と言われるが、白川前日銀総裁は、頭はいいのだろうが、風貌が〝通貨の番人〟としては物足りなかった。

「この人、ホンマに大丈夫やろか」
 と、ちょっと頼りない感じでは〝番人〟は務まるまい

 その点、黒田総裁は、番人向きの顔をしている。

 適材適所という言葉があるか、風貌もまた、「適顔適所(てきがん てきしょ)」ということがあるのではないか。

 株にも経済動向にも興味のない私は、そんなことを思いながら景気関連のニュースを観ているのである。

投稿者 mukaidani : 13:49

2013年04月01日

みたまの湯へ

仕事と雑用にひと区切りつけ、いま山梨県の「みたまの湯」にいる。
露天風呂から遠くに八ヶ岳を望み、眼下に甲府盆地。
桃の花が満開で、とても気分がよい。

片道三時間の運転は楽ではないが、愚妻を洗脳するにはいい機会だ。
昨夜はムキになって、ヤフーオークションで結城紬の羽織を落札した。
いかにして愚妻に支払わせるか。
八ヶ岳を仰ぎながら考える。
帰りのクルマで洗脳なのだ。

投稿者 mukaidani : 13:22