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2013年03月30日

勉強、ままならず

 4月初旬から10日間ほど、僧侶の研修で京都へ行く。
 課題(試験)があるのだが、何せ雑用が多くて準備もままならず。
 どうやら私の人生と同じく、出たとこ勝負になりそうである。

 こういう場合は、ヘタな勉強をするより精神的な余裕が大事で、週明けの月曜日は山梨県の日帰り温泉に行くことにした。

 遠くの山々、そして眼下に甲府盆地を眺めながら露天風呂に浸かれば、気持ちは余裕綽々になることだろう。

 2月にこの日帰り温泉に行ったとき、愚妻は辛口の地酒がたいそう気に入ったようで、いまから上機嫌である。

 山梨くんだりまで行く時間があれば、お経や法話の練習をしたほうがいいのではないか、という思いもよぎるが、愚妻のルンルン状態を見ていると、とてもじゃないが、そんなことは口に出せない。

 しょうがない。
 のんびりしてくるか。
 

投稿者 mukaidani : 11:38

2013年03月28日

わが家の「メダリスト」

「食」が細くなった。
 これまで食事に行ってコース料理を頼むときは、奮発して品数の多いコースにしていたが、最近は食べきれなくなった。
 ケチるわけでなく、コース料理は最低ランクでちょうどいいのだ。

 今日の昼食は知人に招かれ、美味しいと評判の中華料理店へ出かけたが、テーブルにズラリと並んだ料理を見るだけで、気持ちはもう満腹状態。
 うまい料理を食べ切れないとは何とも情けなく、加齢を実感させられるのである。

 そんな思いで帰宅すると、愚妻がテレビを見ながら大福を食べていた。
「食欲は生命力」
 という言葉が脳裏をよぎる。

「おまえは元気だな」
 と愚妻に言うと、
「ありがとう」
 屈託のない返事。

 ひょっとして愚妻は、長寿日本一になるのではないか。
 長寿の双子姉妹「きんさん・ぎんさん」がいらしたから、金、銀とくれば愚妻は「銅」ということになるか。
 わが家の「メダリスト」なのだ。

投稿者 mukaidani : 18:46

2013年03月22日

「緊張感」と「責任」

 一昨日は、当道場の審査会。
 子供たちなりに緊張していて、何やら微笑ましくなる。

「緊張」というのは、たとえば飛行機が離陸して上昇するときに大きな抵抗を受けるが、それと同じではないか。

 止まっている状態から滑走を始めるので、エンジンは最大出力を要する。
 高く舞い上がっていこうとするから、引力に逆らう。

 これらの抵抗に負けまいと奮い立つことが、すなわち緊張感というわけだ。

 こう考えていくと、歳を取るということは、巡行飛行から着陸態勢に入っていくことを意味する。

 降りていくのだからエンジンを噴かす必要はない。
 重力と自重で降下していく。
 抵抗がないため、奮い立つこともなく、したがって緊張感もないというわけだ。

 こう考えていくと、加齢とは緊張が希薄になることであり、老後とは緊張感を失った生活ということになるだろう。

 ある年齢になれば、離陸も上昇もしなくていい。
 そのかわり責任ということを考えたい。

 人生の先人として、あとに続く者たちに対する責任。
 上司としての責任。
 親としての責任。
 そして私は、空手指導者としての責任ということを考える。

 実年を過ぎた人間にとって緊張感とは「責任」に付随するものであり、緊張感のない生活は、「責任」というものに対して無頓着か、逃避していることを意味するのではないか。

 審査会で、ふとそんなことを思ったのである。

投稿者 mukaidani : 10:23

2013年03月18日

農家レストランと花と羽織

 今日は午後から、房総御宿(おんじゅく)の里山にある農家レストラン『愚為庵』へ。
 何度かご紹介したが、築200年以上の茅葺(かやぶ)きの庄や宅をそのまま使った食事処だ。

 愚妻は、ここでは熱燗2本が定番だが、今日は何と1本しか呑まないではないか。
「おい、具合が悪いのか?」
 と、私は心配してみせる。

 というのも、羽織を〝袖無し羽織〟に直したく、和裁屋さんへ持って行ってくれるよう愚妻に頼んでいるからだ。

 愚妻は意地悪く、
「自分で持って行ったら?」
 と拒否している。

「バカ者。男が、そんなもの持っていけるか」
 と叱責すると、
「あっ、そ。じゃ、好きにすれば」
 そんな状況にあるため、私は機嫌を取っているという次第。

 幸い、『愚為庵』の女将さんが話し相手になってくれ、愚妻の機嫌はよくなっている。
 もうひと押しだ。

 帰途、野菜と花の販売所を見つけたので、
「花でも買って帰ったらどうだ」
 と水を向けると、
「そうね」
 と、笑みが浮かぶ。
 愚妻は花が大好きで、狭いわが家の庭は花だらけなのだ。

 何だかんだと買い込み、上機嫌になったところで、さりげなく羽織の話を持ち出すと、
「しょうがないわねぇ」
 と首をタテに振ったのである。

 この返事を引き出すまで、実に2週間もかかっているのだ。

投稿者 mukaidani : 19:57

2013年03月17日

愚妻が怒って畑へ

 春野菜を植えなければならない。
 しかし、私には雑用が山ほどあり、畑に行く時間がない。

 時間はないが、口で命令することなら簡単にできる。

「キャベツの苗を買ってこい」
 と愚妻に指示し、買ってこさせたところが、
「ちょっと、いつ畑に行くのよ」
 眉を吊り上げた。

「木曜日でどうだ」
「苗がダメになっちゃうわよ」
「では、どうする」
「行くしかないでしょう」
「わしは時間がない」
「ホントにどうしょうもないわね!」

 愚妻はプリプリと怒りながら、先ほど畑へ出かけていった。

 今日は午後1時から、佐倉市空手道連盟主催の審判講習会がある。
 それまで原稿書き。
 講習会が終わったら、久しぶりに九十九里の仕事部屋へ行く予定にしているが、そこでも仕事。
 畑に行くヒマはないのだ。

投稿者 mukaidani : 10:32

2013年03月11日

面前に冠雪の八ヶ岳

 いま、山梨県にある日帰り温泉「尾白の湯」にいる。
 褐色をした露天風呂を堪能し、リクライニングシートに寝転がって、このブログを書いている。

 ガラス張りになったテラスの正面は、冠雪の八ヶ岳(たぶん)が聳える。
 実に気分がよろしい。

 クルマのナビは電話番号入力したので、ここが何市であるかわからないが、高速道路で片道4時間。

 忙しいので中止にしようかと思ったが、人生、ヒマになるときなどありはしない。
 そう思い直し、出かけた次第である。

 泊まりがけでも構わないのだが、そうなると予定に縛られる。
「気が向いたら行く」
 というところに精神的な贅沢がある。

 しかも片道4時間というところが、いかにもヒマ人然として、実にリッチな気分なのである。

 例によって、私はここでも原稿書き。
 愚妻はまだ風呂からあがってこないが、冷酒にするか熱燗にするか、きっと迷っていることだろう。
 

投稿者 mukaidani : 13:09

2013年03月08日

ジャガイモを植える

 昨日は、久しぶりに畑に行った。
 ジャガイモを植えなければ、時期を逸するからだ。
 腰も、膝も、腕も痛いが、ジャガイモが大好きな私としては、何が何でも植えねばならぬ。

 幸い、畑の大指南役であるS氏がいてくれて、ジャガイモ植えは事なきを得た。

 実を言うと、畑に行ったときS氏の姿が見えず、
(ジャガイモはどうやって植えたっけ?)
 と、記憶をまさぐっていたのである。

 指南役のお陰で助かっているが、同時に、いつまでたっても頼りにするため、自分では覚えようとしない。
 これではならじと、畑ノートをつけることに次第。
 まだ、一文字も書いていないが、書こうという意欲を持ったことは、大進歩である。


 S氏と雑談をしていて、トマトの話になった。
「本来、野生のトマトは小さかったんですよ」
 とS氏が言う。

「だってそうでしょう。栄養が必用なんだから、野生の野菜や植物がわざわざ無用に大きくなるわけがない」

 この言葉は考えさせられた。

 そうなのだ。
 野生――すなわち、本来あるべき姿やモノはすべて、シンプルなのだ。
 私たちは、無用の虚飾で飾りすぎているのではないか。
 そんなことを思った昨日の畑である。

投稿者 mukaidani : 17:44

2013年03月04日

アイパッドとモチベーション

 アイパッド用のキィーボードを買った。
 携帯用のミニサイズだ。
 パソコンで書きかけの原稿をテキストにしてドロップボックスに放り込んでおけば、これをアイパッドで呼び出し、継続して執筆ができる。

 短時間の外出であれば、ノートパソコンを持ち歩かなくてもアイパッドで処理できる。

 アイパッドは薄くて軽く、動きも速い。
 バッテリーも長持ちする。
 本当に便利になったものだ。

 もちろん、便利になったからといって、素晴らしい原稿が書けるわけではない。

 だが、気分よく書くことができれば、原稿は当然、よくなるはずだ。

 だから私は昔から、筆記用具やカバン、手帳といったものに凝る。
 気に入った筆記用具を買えば字を書きたくなる。
 カバンを買えば、持ち歩きたくなる。
 手帳を買えば予定を入れたくなる。

 あるいは気に入ったブックカバーをつければ、本を読みたくなる。
 空手着を新調すれば稽古をしたくなる。

 例を挙げれば切りがないほど、「持ち物」や「身につける物」はモチベーションを高めてくれるのである。

「また本を買ったの!」
「またパソコンを買ったの!」
「また帯を買ったの!」

 私が何か買うたびに愚妻が目をつり上げる。
 そのときは上記の「モチベーション」を高める話をして聞かせるのだが、〝愚妻の耳に念仏〟で、
「その割りには、ちっとも仕事をしないじゃないの!」
 目はさらにつり上がる。

 だから私は言ってやるのだ。
「モチベーションを上げるには、まだまだ買いようが足りないのだ」  

投稿者 mukaidani : 15:36