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2012年09月30日

人生の黄昏は「つるべ落とし」

 愚妻は今朝もひとりで畑へ出かけた。

 私が畑仕事に復帰するのは10月からという約束になっているからだ。

「お百姓さん」という言葉があるが、愚妻のカンバリはその2倍の「二百姓」である。

 ホメるつもりで、
「おい、二百姓さん」
 と言ったら、すごく怒っていた。


 相変わらず左ヒザが痛む。
 以前、やはりヒザ痛で難儀した愚妻は、大喜びである。
 口には出さないが、
「ザマミロ」
 と、その顔に書いてある。

 愚妻の膝痛に対して、
「何だ、膝が痛いくらいで!」
 と叱咤激励したことを、根に持っているのだろう。

 愚かにも、叱咤激励の「叱咤」にこだわり、「激励」の意がすっかり意識から抜け落ちているのだ。

 年を追うようにして愚妻は元気になっていき、私は衰えていく。
 人生の黄昏(たそがれ)は「つるべ落とし」か。

 老夫婦は、亭主が死ねば女房は元気になるというが、私たち夫婦は、亭主が生きているうちから女房はすこぶる元気なのだ。

投稿者 mukaidani : 15:54

2012年09月27日

左ヒザの痛み

 左ヒザが痛い。
 正座するのも難儀だ。
 自宅の二階から降りるときは、もっとつらい。

 ヒザの痛みは、今月初旬の合宿からである。
 稽古は支部長諸君が手分けして行うため、私はすることがない。
 さりとて、温泉につかっているわけにもいくまい。

 そこで、
(そうだ、正座の訓練をしよう!)
 と思い立ったのが悪かった。

 一時間ほどで足が痺れる。
 五分ほど正座を崩し、また正座を続ける。
 そのうちヒザが痛み始めたが、根性で乗り切る。
 これを一日半やって、とうとう左ヒザがおかしくなったという次第。

 愚妻にヒザ痛を訴えるが、もとより相手にしてくれるわけがない。
「医者に行けば」
 と、たった一言で終わり。

 幼児クラスは稽古前、いつも私が組手の相手をして遊ばせるのだが、昨日は足を引きずりながら、
「痛テ、痛テテテ!」

 マジに悲鳴をあげると、幼児たちは面白がって次々にかかってくる。
 残酷なものではないか。

投稿者 mukaidani : 12:57

2012年09月24日

民主党の末期的状況

 民主党は、自民党政権を批判することで政権を取った。
 今度は攻守所を変え、自民党が民主党を批判することで政権奪取を狙う。

 野党は与党を批判して与党になり、野党になった与党は与党を批判して与党になろうとする。

 早口言葉のようだが、これが政治である。

 そう言えば野田総理が、
「尖閣も、原発も、自民党政権の時代からではないか」
 と不満を口にしたとかしないとか。

「俺たちゃ、それを引き継がされただけで、悪いのは自民党だ。それなのに、なんで自民党から四の五の言われなくちゃならないのか」
 というわけだが、自民党を批判して与党になった以上、それを言っちゃおしまいだ。

 民主党の末期的状況も、ここに極まれりか。

投稿者 mukaidani : 11:34

2012年09月21日

なぜ、フンドシなのか

 愚妻は、フンドシが大嫌いである。
 理由はわからない。
 いつだっか、
「洗濯を干すのが恥ずかしい」
 といったようなことを口にしていたので、たいした理由があるわけではない。

 だが、身勝手な価値観で判断してもらっては困る。
 フンドシは、和服という日本古来の生活様式にマッチしているのだ。
 愚妻を啓蒙しなければなるまい。

 で、昨夜。

 愚妻が、新潟の酒をチビリとやりながらテレビを観ているところへ、
「おい、なぜわしがフンドシを締めているかわかるか?」
 二階から降りていって告げた。

「フンドシはだな、和服の場合、トイレで用を足すときに便利なんだ。特に〝大〟がそうだ。みろ、こうやってしゃがんだときにフンドシを横にズラして・・・」
 目の前で実演して見せたところが、
「ちょっと! 人が飲んでいるときに何を見せるのよ!」

 いやはや怒るの、怒らないの。
 我が夫婦においては、老々介護は不可能のようである。

投稿者 mukaidani : 11:16

2012年09月18日

線香が折れている

 昨日、ふと仏壇を見やると、「線香差し」に立てた線香が短くなっている。
「線香差し」とは、線香を何本が立てて保管するもので、ここから取って火をつけるのだ。

「線香差し」を逆さにして線香を取り出してみると、案の定、折れて短くなっている。

 なせ折れたか不明だが、これではいけないと思い、折れたやつは全部取り出し、新しい線香と差し替えた。

 自慢するわけではないが、私の線香は結構な値段なのだ。
「線香なんか、煙になるんだから、安いのでいのよ」
 と、愚妻はバチ当たりなことを言うが、煙になって消えて行くからこそ、いいものを使うべきなのだ。
 これは仏道とは関係なく、男の美学の問題なのだ。

 そして、今朝。
 またしても「線香立て」の線香が何本も短くなっているではないか。

 これには私も考え込んだ。

 そこで得た結論は、
「線香は自重に耐えかね、ポキリと折れてしまう」
 ということだった。

 線香が自らの身体を折るということに、理由もなく感動。
 すぐに愚妻を呼びつけ、
「線香立てを見よ。見事に折れているではないか。これは線香が自らの自重に耐えかね・・・」

 すると愚妻が私の言葉を遮るように、
「そうなのよね。仏壇に花をあげるとき、手にちょっと当たっただけで折れちゃうのよ」

 なんと、犯人は愚妻であったか。

 線香が自らの身体を折るという感動は、もちろん煙のごとく消え去っていた。

投稿者 mukaidani : 10:04

2012年09月14日

民主党代表選の多士済々

 自民、民社の代表候補の顔ぶれが出そろった。

 どっちも〝ドングリの背比べ〟だが、
(こりゃ、詭弁でっせ)
 と私が苦笑したのは、原口一博元総務相。

 原口は、いま人気の「維新」との関係について、こう言ったのだ。

「すり寄るのではない。違う考え方の人を民主党に近づければいい」

 まさしくそのとおりだが、民衆党に近づいてくれないから維新にスリスリするのである。

 原口の論法からいけば、何だって強気でいける。

「こちらから彼女を口説く必用はない。彼女のほうからすり寄ってくるようにすればいい」
「就職試験で頭を下げる必用はない。企業のほうで頭をさげさせるようにすればいいのだ」

 そうはならないから、ペコペコし、スリスリするのである。


 原口は「政界のラクビーボール」と揶揄される。
 あっちに付いたり、こっちに付いたり、節操も定見もなく、どこへ飛んでいくかわからないから「ラクビーボール」。

 そう言えば、前原誠司元国交相にメディアがつけたあだ名は「言うだけ番長」。
 威勢よくブチ上げては、コソコソと看板を下ろすから。

 野田佳彦首相は、みずから「ドジョオ」と命名。

 畑山由起夫元総理は「宇宙人」。
 菅直人元首相は「イラ菅」。
 小沢一郎元代表は「壊し屋」

 こうして見ると、民主党はすごいじゃないか。
「イラ菅」と「壊し屋」がケンカし、「宇宙人」がしゃしゃり出て大混乱。その間隙を縫って「ドジョウ」が砂から頭を出したところへ、「ラクビーボール」が体当たり。

 面白いゲームソフトができそうである。

投稿者 mukaidani : 16:01

2012年09月12日

蚊(か)が飛んできて「因縁」を考える

 自室のベッドに寝ころがって本を読んでいたら、「ブ〜ン」と嫌な音。
 蚊(か)である。
 残暑のせいで、まだ元気なようだ。

「ブ〜ン」の音がひときわ大きくなったので、耳のそばをかすめているということか。
 不意に「ブ〜ン」が聞こえなくなった。

(ほっぺたに着陸!)
 というので、頬をパチンと打ったところが、蚊は当たらず、メガネのツルが曲がってしまった。

(あの蚊さえいなければ)
 と腹立たしくなったが、
(待てよ)
 と思い直した。

 悪いのは蚊だろうか?

 叩いた私がヘマをやったのだ。
 いや、そもそも寝転がって本を読んでいたことに原因があるのだ。
 いや、待てよ。
 そもそも、この本さえ買わなければ、読みはしなかったではないか。
 違うな。
 残暑さえ厳しくなければ、蚊はすでにいなかったかもしれない。

 こう考えていくと、メガネのツルが曲がった「原因」がわからなくなっていくのである。

 森羅万象は「因縁」に依ると仏教は教えるが、因縁の糸は無数に織りなしていて、因果関係はあってなきがごとし。
 まして人生における「因果」など、わかるわけがない。

 しかるに私たちは、因果関係を解き明かし、「犯人探し」をする。

 うまくいくわけがないのだ。

投稿者 mukaidani : 14:54

2012年09月10日

旅館の風呂で「あっ、ヤバイ!」

 昨日、合宿を終えてから、隣接する旅館の温泉へ入りに行った。

 合宿から仕事モードに頭を切り換え、原稿の続きを考えながらガラリと浴室の引き戸を開けると、スリッパや靴が乱雑に脱いであった。

(けっこう入っているな)
 と思いながら、足もとに視線を落として雪駄を脱ぐ場所を探していたら、視界の端に小太りの人間が写った。

 鏡に向かって身体を拭いている。

 体形から見て横浜支部のK氏だと思い、私は雪駄を脱ぎながら、
「早いね」
 と声をかけたが、返事がない。

 聞こえなかったのかと思い、顔を上げて脱衣所を見まわすと、何となく違和感を覚えた。
 おばちゃんたちが数人、身体を拭いていたのである。

(あれ? 従業員が入っているのか?)
 という思いがよぎってすぐに、
(あっ、間違えた!)

 女湯だったのである。

 あわてて外へ飛び出てみると、男湯と女湯を今日は入れ替えていたのだった。

 それにしても、女性たちはよくぞ「キャッ!」と叫ばなかったものだ。

 あとでつらつら考えるに、私がごく自然に入って行ったから、女性たちも違和感がなかったのではないか。
 しかも「早いね」などとノンキなことを言っている。
「男が入ってきた」
 という感覚がなかったのだろう。

「なりきること」の強さということか。

 帰宅して愚妻に顛末を話して聞かせ、
「自然体とは〝なりきる〟ということを言う。自然体がいちばん強いことを、わしは合宿で学んだ」
 と、さとしたら、
「なに言ってるの。〝キャー!〟なんて叫ばれたら大変なことになってたわよ」

 人生のさとりも、現実主義者にかかれば一刀両断なのである。

投稿者 mukaidani : 13:25

2012年09月09日

せっせと原稿書き

 いま合宿先。
 秩父山中の爽やかな朝を窓越しに見やりながら、せっせと原稿書き。
 原稿の〆切を延ばす件は「ノー」のメールだった。
 文面こそ丁重だが、有無を言わせぬ迫力があり、さすがプロの編集者といったところか。

 稽古は9時開始。
 それまでひと仕事である。

 

投稿者 mukaidani : 07:33

2012年09月07日

いま「返信待ち」である

 今朝は、畑仕事に4時間である。
 私ではない。
 愚妻である。
 愚妻が一人で出かけたのだ。

 昨日は徳島県にトンボ帰りをし、夜中に仕事をしたので、私は爆睡していたのだそうだ。
 しかも明日は早朝、空手の合宿で秩父へ出かける。

「かわいそうだと思って起こさなかったのよ」
 と愚妻が恩着せがましく言うので、
「これからは、おまえ一人で畑にいけばよい」
 余計なことを言って、怒らせてしまった。

 何だかんだと忙しく、原稿が遅れ気味。
 締め切りを二週間ほど延ばしてくれるよう、今朝、出版社へメールしたが、返事はまだこない。

「だめだ」
 と言われたら、明日は稽古の後、部屋にこもって書かねばならない。

「いいよ」
 と言ってくれたら、みんなといっしょに宴会を楽しむことができる。

 さて、返信は「凶」と出るか「吉」と出るか。

投稿者 mukaidani : 15:57

2012年09月04日

深夜の雨は天の恵みか!

 今朝の2時ころだったか。
 突然の雨音に目が醒めると、どしゃ降りの雨。
 まさに〝干天の慈雨〟である。

 畑ではなく、私にとってだ。

 今朝は畑に行く予定になっていたが、原稿に追われて寝不足の身に畑はつらい。

 そこへ、予期せぬ雨である。
 これを天の恵みと呼ばずして、何と言う。

 すぐさま愚妻の寝室に行って叩き起こし、
「雨だ! ザーザー降りだ! 畑は中止だ!」

 そして、すこやかな気持ちで再び寝入った次第。

 ところが朝起きてみると、いい天気。
「畑、行けたじゃないの」
 と愚妻がブツクサ言いながら、
「明日は?」
 と、すかさず攻めてくるので、
「いや、木曜にしよう。稽古は休みだから、存分に畑仕事ができるぞ」

 弾む声で提案すると、愚妻はすぐに納得。
「秋にもジャガイモを植えるんですって」
 と、気合い十分である。

 だが、木曜日は徳島県に所用があって、日帰りで行ってくるのだ。
 そのことを愚妻はコロリと忘れている。
 だから明朝の畑をパスしたあとで、
「あっ、いけねぇ! 木曜は徳島だった!」
 と残念がってみせればよい。

 タヌキを化かすには、私はキツネにならなければならないのだ。

投稿者 mukaidani : 23:54

2012年09月01日

それでも私は怒らない

 昨日、孫二人が遊びに来たので、いい機会だと思い、私のフンドシ姿を見せようと思ったところ、
「ちょっと、バカなことやめてよ!」
 愚妻が烈火のごとく怒った。

「なぜだ」
「よそへ行って、ペラペラしゃべるじゃないの」
「しゃべってもいいではないか。そもそもフンドシは日本古来の・・・」
「あなただけ古来をやっていればいいでしょ!」

 かくしてフンドシの〝ご開帳〟は断念した次第。
 孫たちは貴重な社会勉強のチャンスを逸したことになる。
 不幸なことではないか。

 これが先日までの私であれば、
「バカ者!」
 と一喝しているところだが、「怒らない」と心に誓った私だ。
 愚妻の暴言に、ただ穏やかに笑みを湛(たた)えるばかりであった。

 果たして、この穏やかな笑みが何日続くだろうか。
 

投稿者 mukaidani : 13:38