« 2011年12月 | メイン | 2012年02月 »

2012年01月30日

世のなかは「幕の内弁当」

 昨日、九十九里の仕事部屋に来て、午後から温泉健康ランドへ。

 大広間の舞台では、時代劇の芝居、そのあと賑(にぎ)やかフラダンスショー。
 盛況である。
 ここに「国難」はない。

 今朝、テレビでスカイツリーをやっていた。
 関東地方の直下型地震が喫緊の問題になっている一方、
「抜けるような青空にスカイツリー」
 というアナウンサーの笑顔。

 世のなかは「幕の内弁当」だとつくづく思う。

 いいことも、悪いことも、歓喜も不安も、「幕の内弁当」のごとく何でもあるのだ。

 きっと、人生も同じなのだろう。

投稿者 mukaidani : 08:58

2012年01月28日

「無銭飲食者の心境」に考える

 山形県鶴岡市の温泉旅館に42日間、無銭宿泊し、宿泊飲食代計42万4400円を払わなかったとして無職の男性(68)が逮捕された。
  所持金は、わずかに116円だったそうだ。

 私が興味を引かれるのは、この男性がどんな心境で飲食し、温泉につかっていたのだろうか、ということだ。

(バレるまで、のんびり楽しむさ)
 という居直りか、
(もうすぐバレる、どうしよう・・・)
 という恐怖か。

 どうせバレるなら、のんびりノンキに過ごしたほうが得だろう。

 人ごとではない。

 無銭飲食を「死」に置き換えたらどうか。

 人間は必ず死ぬ。

 ならば、
(死ぬまで、のんびり楽しむさ)
 というのが正解ではないか、と無銭飲食の記事に考えるのである。

投稿者 mukaidani : 20:04

2012年01月27日

毎日が眠い

 毎日、眠い。
 鼻が少し詰まり、頭がボーとして、眠いのだ。
 花粉症にしては早いのではないか。
 いや、昨年は花粉症の症状はなかったのだ。

 それで、今朝は8時30分まで寝ていた。

 10時から保護司の会議があり、愚妻が心配して起こしにきて、
「よかった。死んでるかと思った」

 バカ者が、意地でも死ぬか。

 

投稿者 mukaidani : 23:19

2012年01月26日

愚妻もいいことを言う

 国会が始まった。
 ニュースを観ながら、
「足の引っ張り合いばっかり。ちっとも前に進まないじゃないの」
 と愚妻が怒っている。

 なるほど、足を引っ張り合えば、前へ進まないのは道理である。

 たまには愚妻もいいことを言うのだ。
 

投稿者 mukaidani : 23:38

2012年01月25日

二宮金次郎の像

 二宮金次郎の像が、老朽化などに伴い各地で撤去が進んでいるのだそうだ。
 時代の流れということか。

 だが、
「努力を尊ぶ姿勢は受け継ぎたいが、子どもが働く姿を勧めることはできない」
 とメディアが紹介する教諭の意見は、何を言わんとしているのだろうか。

 私は「子供が働く姿」を積極的に勧めたいと思うのだ。

投稿者 mukaidani : 23:17

2012年01月24日

愚妻の歩き方

 今朝、NHKの番組で「歩き方」をやっていた。

 前々から愚妻の歩き方が気に入らず、
「脚を伸ばし、きちんと踵(かかと)から着地せよ」
 と、さんざん言ってきたが、一向に耳をかさないのだ。

 愚妻の歩き方など本当どうでもいいのだが、あの歩き方では膝に負担がかかり、「痛い、痛い」とこれみよがしに言われれば鬱陶しいのである。

 そんな経緯もあってだろう。
 愚妻は熱心に番組を見ていたが、私は早々に道場の仕事場へでかけた。

 で、昼過ぎ。
 握り寿司を買って愚妻が道場にやってきたので、
「歩き方がわかったか」
 と問うと、
「ほら」
 と、道場の中を気取って歩き始めた。

 足の運びに気を取られ、身体の軸が左右にブレて、何ともぎこちない。

「おい」
「何よ」
「酔っぱらいが歩いてるみたいだ」
「ちょっと!」

 このあとの修羅場は割愛である。

投稿者 mukaidani : 22:25

2012年01月23日

朝、起きられず

 一昨日の徹夜がたたって、今朝は寝過ごし、目が醒めたら5時30分だった。
 いつもは4時起きなので、1時間30分の寝過ごしである。

 早起きは「三文の得」というが、これは逆発想して「遅起きは三文の損」としたらどうか。
 そんな考えが唐突によぎる。

「三文の得」ということは、早起きしなくてもチャラ。
 得はしないが、損もしない。

 しかし「三文の損」となれば違う。
 早起きしなければ、確実に損をする。

 ならば「起きなきゃ損々」ということになるのではないか。

 そんなことを寝ぼけマナコで考えた。

 書籍の素晴らしい企画でも思い浮かべばいいのに、やはり頭が疲れているのだろう。
 徹夜はろくなことがないと、納得した今朝であった。

投稿者 mukaidani : 16:13

2012年01月22日

首も、肩も凝(こ)る

 今日は、午前11時から東金市で空手関係者の「偲ぶ会」。
 午後3時から松戸市の天真寺で雅楽の稽古。
 先ほど帰宅したところだ。

 徹夜仕事のまま出かけたので、さすがに眠い。
 首も、肩も凝っている。

 そういえば、昔は「肩が凝った」と言えば、愚妻がすぐに揉んでくれたものだ。

 いまなら何と言うだろうか。

 試しに、
「おい、肩がこった」
 と告げてみたら、
「あっ、そう」

 韓流ドラマに視線を据えたままで言った。

 マッサージに行かなくては。

投稿者 mukaidani : 21:23

2012年01月21日

愚妻の口癖

「あなたがうらやましわ」
 というのが、愚妻の口癖だ。

 私は失敗しても懲(こ)りず、落ち込まず。
 ものごとを常にポジティブにとらえる〝極楽トンボ〟であることから、
「そのぶん、私が苦労させられている」
 と、こぼすわけだ。

「そんなにわしが羨ましいのなら、今度、生まれてくるときは、わしのようになればいい」
 と言うと、ちょっと考えてから、
「やっぱり、いいわ」

 この一言を、私はどう解釈すればいいのか。
 複雑な思いがするのだ。

投稿者 mukaidani : 22:12

2012年01月20日

道場のストーブ

 道場で稽古するときは、石油ストーブを2カ所で焚いている。

 エアコンも2カ所取り付けてあるのだが、体感の暖かさでは石油ストーブに及ばない。

 で、稽古中、私はストーブのそばで見ている。

 ところが中学生以上の稽古となると、若いエネルギーを発散するため、
「暑い、暑い」
 と言って、彼らが窓をガラガラと開けてしまうのだ。

「ストーブを焚いているのに何だ」
 とも言えず、私は身震いしながらストーブに寄り添うのである。

 彼らと一緒に身体を動かせばいいのだろうが、稽古は週4日、5時から9時まで。
 とてもじゃないが、つき合いきれないのだ。

投稿者 mukaidani : 16:33

2012年01月19日

AKB48の〝八艘飛び〟

 AKB48の総合プロデューサーを務める秋元康氏が、AKBメンバーの絵画展を開く構想を抱いているそうだ。

《実現すれば歌だけにとどまらず、メンバーの新たな才能が見られるかもしれない》
 てメディアが報じている。

 やりますな。

 だけど、〝義経の八艘飛び〟のような気がしないでもない。

 AからBへ、BからCへ、CからDへ、DからEへ。
 目先を変え、義経のように舟から舟へてピョンピョン飛び移ってくうちに、足を踏み外して海にドボン、なんてことにならなければいいが。

 溺れるのはAKBのお嬢さんたちで、秋元氏ではない。

 頭のいい人じゃないか。

投稿者 mukaidani : 11:37

2012年01月17日

最近、独り言が多くなった

「ちょっと、おかしくなったんじゃないの?」
 愚妻が眉をひそめる。

 最近、独り言が多くなったと言うのだ。

 言われてみれば、そうかもしれない。

 で、よくよく考えてみると、原因は昨夏にあることがわかった。

 仏教を勉強するときに、文章を目で見て、声に出して、書いておぼえるようにしたのだが、どうせやるならと思い、暗記すべきことがらを道場のホワイトボードに書きつけ、〝架空の生徒〟を前に、授業をするようにして勉強したのである。

「エー、信心とはだねェ」
 ひとりでしゃべりながらホワイトボードに書きつけ、説明していくのである。

 やってみると、すぐにおぼえられるし、これが気分がいいのだ。

 それが、知らず知らずのうちにクセになったのだ。

「さあて、ジャガイモは2月半ばだな。おっ、その前に畑を耕さなければ」
 と、無意識に口に出して言う。

「ちょっと、それ、私に言っているの?」
「何のことだ?」
「いま、ジャガイモがどうのって、ブツブツ言っていたじゃないの」
「そうかな」

 そして、愚妻は冒頭のセリフ、
「ちょっと、おかしくなったんじゃないの」
 と眉をひそめるのである。

 だが、その表情は、私のことを心配してくれているのではない。

「おかしくなると、私が迷惑するから」
 と、顔に書いてあるのだ。

 私の独り言は、はからずも愚妻のホンネを引き出したのである。

投稿者 mukaidani : 18:02

2012年01月16日

座礁事故と〝日本丸〟

 イタリアの豪華客船座礁事故で、船長が非難されている。
 適切な対応をせず、混乱を拡大させたうえに、多くの乗客らを船に残こしたまま、船長がさっさと避難していたという。

 ひるがえって、わが日本丸はどうか。
 座礁しかかっているのに、船長は次々とトンズラではないか。
 アベ、アソウ、フクダ、ハトヤマ、カン・・・・。
 ドジョウまでさっさと地中へ潜り込むかもしれない。

 したがって国民という乗客はいま、大混乱。
 ヘタすりゃ、座礁によっで溺死である。

 それにしても、さっさとトンズラしておきながら、日本丸の船長たちは石もて追われることもなく、いまだに大きな顔をして政界にとどまっている。

 不思議なことである。

投稿者 mukaidani : 09:05

2012年01月15日

皮肉に一段と磨き

「畑、行かないの?」
 と愚妻が迫る。

「行かないのではない、行けないのだ。言葉は正確でなけばならん」
 注意すると、
「行かないことに変わりがないんじゃない」
 ああ言えばこう言うのだ。

 私だって、大地に鍬を振るいたい。
 だが、今日は横浜支部へ出かけ、帰宅するや仮眠をとって原稿書き。
 明日も午前中、打ち合わせがあって都内へ出かけ、早々に帰宅して仕事の続きだ。

「しかるに、いつ畑に行くのだ?」
 愚妻に問うと、
「いつもそう言っているような気がするわね」

 今年は、皮肉にも一段と磨きがかかってきたようである。

投稿者 mukaidani : 22:46

2012年01月14日

自分を鼓舞する

 明日は横浜支部へ空手の指導に出かける。
 昨年のうちに約束したことだ。
 いま仕事が忙しく、今年に入ってからでは断っていたろう。

 何事も、まず決める。
 そして自分を追い込むことでしか、成し遂げられないのではないか。

「できるか?」
 と問われて、
「たぶん」
 とか、
「さあ、何とも」
 とか、返事に〝保険〟をかけるようでは何事も実行できまい。

「できるかどうか」ではなく、「やるか、やらないか」なのだ。

 それにしても、こうして自分を鼓舞するとは、私も歳を取ったものである。

 

投稿者 mukaidani : 21:33

2012年01月13日

畑本コーナー

 NHKブックス『家庭菜園』のバックナンバーを買った。
 昨年4月号の「トマト」と、6月号の「ナス」である。
 毎年、植えるものだから、内容に変わりはないだろうと思ってのことだ。

 こうして、野菜や畑に関する書籍や雑紙が少しずつ増えていくが、買った時点でひと安心。
 忙しさにかまけ、読む時間がない。

 これではいかんと反省し、
「すぐ手に取れるよう、居間に〝畑本コーナー〟をつくれ」
 と愚妻に命じ、本と雑誌を並べた。

 すると、これでひと安心。
 忙しさにかまけ、読む時間がないというわけである。

 だが、人生なんて、いつになってもヒマはできまい。
 ヒマになったとしても、そのヒマに忙しくなるのが人間だ。

 一念発起。
 畑シーズンの春を目指し、頑張って〝畑本〟を読もうではないか。


投稿者 mukaidani : 15:23

2012年01月12日

最新式の石油ストーブ

 昨年暮れ、愚妻が石油ストーブを買ってきた。
 地震で停電したときに困るからと、電気を使わないやつだそうだ。
 寒いので、いまは廊下に置いて火をたいている。

 で、今夕。
 ふと思って、
「おい、廊下のストーブはどうやって火をつけるのだ」
 愚妻に問うと、
「丸いツマミを右に一杯まわすのよ」
 と言うではないか。

「昔のストーブに似ているな」
「昔のストーブだもの」
「新しいやつを買ってきたのではないのか?」
「新しいやつよ」
「昔のストーブだと言ったではないか」
「昔のストーブだけど、新しいやつなのよ」

 私の頭はこんがらがった。

 というのも、私としては、パソコンの無線ランのように、コードレスになった石油ストーブだとばかり思ってのだ。
 ところが、そうではなく、単純に昔式のものだと言うではないか。

「電気を使わない」ということが最新式であると思い込んだことに、私は唸った。
 思い込みとは、かくも恐ろしいものなのだ。

 

投稿者 mukaidani : 23:42

2012年01月11日

稽古のやり過ぎで、腰が痛い

 いま稽古終了。
「今年は頑張って稽古しよう」
 と決心し、昨日の稽古始めから全力投球。

 おかけで、腰が痛い。

 さて、問題はここから。

(無理はしないほうがいいかナ)
 とセーブするか、
(トコトンやったれ!)
 と居直るか。

「ちょっと、いい加減にしてよ。迷惑するのは私なんだから、」
 とは、今夕、道場に顔を出した愚妻の言葉。

 そう言えば、来月に入ったら、ジャガイモに備えて畑を耕しに行けと、愚妻からきつく言われていたことを思い出した。
 腰が痛いなど言えば、ひと波乱は必至である。

投稿者 mukaidani : 21:16

2012年01月10日

今日もタマネギ

 今日も朝夜、タマネギである。
 インターネットで調べると、タマネギ効果は7時間だそうだから、当面、朝夜に食することにしたのである。

 で、今夜。

「どうだ?」
 と、愚妻にタマネギ効果について問うと、
「血がさらさらして流れている感じがするわ」
「アホか」
 と言ったわけではない。

 血がさらさら流れているかどうかより、「さらさら流れている感じ」が大事なのだ。

 気が病から起こるなら、健康だって気から起こるのだ。

投稿者 mukaidani : 21:56

2012年01月09日

タマネギで血流さらさら

 お粥(かゆ)にくわえて、タマネギを食べることにした。
 タマネギは血流をサラサラにし、高血圧にいいと聞いたからだ。
 四分の一をザクザク切って鰹節をかけ、醤油で食べるのだ。

 今朝、さっそく愚妻に命じたところ、愚妻も血圧が高めなので、これには文句ひとつ言わず、自分用にもつくって食べている。
 タマネギの一事をもって、人間の本質は「エゴ」であることがよくわかるのだ。

 ついでに、しっかりと水を飲もう。

『岩もあり 木の根もあれどさらさらと たださらさらと水の流るる』

この歌は、京都女子学園の創設者で、浄土真宗の教えに貫かれた生涯を送った甲斐和里子のものだ。

 岩や木の根を「人生の障害」に、自由自在にさらさらと流れていく水を「生き方」としてたとえ、
「苦難や災難にくじけず、喜怒哀楽に心乱されることなく、淡々として生きていきなさい」
 と説いたもので、私のお気に入りだ。

 私の血液もまた、タマネギと水によって、さらさらと流れていくことだろう。

「だからどうした」
 と言われれば返答に困るが、人生、何事も遊びなのだ。

投稿者 mukaidani : 16:13

2012年01月08日

朝は、やっぱりお粥だ

 今日から、朝はお粥にすることにした。
 意味はない。
 いつもの気まぐれだ。

 これまでは、クラッカーと蜂蜜、それにヨーグルトを風呂に持ち込んで朝風呂で食べていた。
 その前はクロワッサンに凝り、愚妻をあちこちの店に走らせ、これも朝風呂で食べくらべていた。
 そういえば、バナナにした時期もある。

 私は、何事も凝るが、コロリと変わるのだ。

 で、今朝からお粥。

 お粥には当然、梅干し。
「おい、出せ!」
 と愚妻に命じると、赤色の強い梅干しが出てきた。

「ダメだ、この色は」
「紀州の梅干しなのよ」
「ダメ、ダメダメ」
 と一蹴し、これはうまい、と唸るような梅干しを買ってくるよう命じた。

「ホント、気まぐれなんだから」
 と、愚妻は今朝からブツクサ文句を言っているが、文句を言いながらも従ってくれているうちは、わが夫婦も安泰だろうと、私は勝手に思っているのだ。

投稿者 mukaidani : 08:51

2012年01月07日

さて、自宅へ帰るか

 そろそろホテルのチェックアウトだ。
 昨夜は清貧の食事のせいで、いささか腹が減った。

 明日夜は、新宿の中華料理店で昇空館の支部長新年会がある。
 空腹のせいで、そんなことをひょいと思い出した。
 人間の頭は、いろんな思いが引っかかっているものである。

 さて、空港でメシを食って、出発まで原稿を書こう。
 1泊2日の沖縄。
 そういえば、週刊誌記者をやっていたころは全国を飛び回り、こんな日々だった。
 途中で取材メモを整理しながら。
 なんとなく、懐かしい気分である。

投稿者 mukaidani : 10:35

2012年01月06日

沖縄で「清貧」

 沖縄は小雨。
 昼から文武館で稽古して、夕方にはホテルへ入る。
 仕事がたまっているからだ。

 途中、今夜の晩飯にコンビニでおにぎりを買う。

 年末年始となじみの店をめぐったので、あれやこれやの料理にいささか厭(あ)きていて、たまには侘(わ)びしい気分を味わってみようと思ったのだ。

 やってみると、これが清貧の気分で、実にいいのだ。

 あんまり気分がいいので、愚妻に電話で報告すると、
「じゃ、明日から、おにぎりだけでいいのね」

 改めて問われると返事に窮する。
 私の清貧は所詮、そんな程度なのかと、いささかガッカリしているところだ。

投稿者 mukaidani : 22:25

2012年01月05日

そういえば、明日は沖縄だ

「明日、稽古着を持って行くんでしょう?」
 愚妻に問われて、ハッと気がついた。

 忘れていた。
 明日は沖縄へ行く。
 文武館で、古武道の個人教授を受けるのだ。

 稽古は明日の午後と、明後日の午前。
 1泊2日の強行軍だが、〆切が続いていて時間がない。

「忙しいときに行かなくてもいいじゃないの」
 と愚妻はブツクサ言っているが、これは大きな心得違いである。

「時間があれば」
「ヒマになったら」
「お金があれば」
 と、「何々であれば」という前提をつけるようでは、一歩も前には進めない。

 思い立ったら即、行動に移す。
 人はこれを「軽はずみ」というが、軽はずみでしか人生は転がっていかないのだ。

投稿者 mukaidani : 08:06

2012年01月04日

「流れ星」と「希少価値」

 先程、今朝のNHKテレビの「あさイチ」で、流れ星について放送していた。

 それによると、流れ星は微粒子状のものを含めて、一日に2兆個も観測できるそうだ。

 神秘的な流れ星も2兆個と聞けば、ありがたさも何やら薄らいでくるではないか。


「希少価値」という言葉がある。
 辞書を引くと、
「少なくて珍しいために生じる価値」
 と、どこか投げやりな解説になっているが、私はもっと積極的にとらえ、
「価値は希少に宿る」
 と言い換えたい。

 少ないことは、いいことなのだ。

「まさに流星2万個はそのことを私たちに教えているのだ」
 と、私の横でパンを囓りながら「あさイチ」を観ている愚妻に告げ、
「着物を着る男は少ない。よって、着物には希少価値が宿り・・・」
「ダメ、買わないわよ」

 手を替え品を替えて波状攻撃を仕掛けるが、愚妻は堅牢なる要塞のごとく、びくともせず。
 何だか、自分がバカバカしくなってきた。

「正月も、はや四日が過ぎ」
 といった気分なのである。


投稿者 mukaidani : 09:22

2012年01月03日

3日連続でソバ三昧

 正月も3日目である。
 大晦日に食べた〝年越しソバ〟がうまかったので1日、2日と昼晩2回ずつソバを食べた。
 ソバ三昧である。
 いささか食傷気味で、今日はパスしよう。

 何にでも凝りに凝って、突然やめてしまうのが私の悪いクセだが、これは死ぬまで直るまい。

 これまた唐突だが、昨夜、仕事場で着るのにウールの着物が欲しくなってきた。
 買いに行く時間がないし、普段着のウールなら通販でもいいだろろうと思って愚妻に申請したところが、
「仕事のときは作務衣があるでしょ! 何着あると思っているの!」
 即刻却下された。

 自分で買えばいいのだが、悲しいかな、愚妻に聞かなければ着物の寸法がよくわからないのだ。

 今日の午後は九十九里の仕事場へ行こう。
 温泉健康ランドへ浸かれば、ひょっとして愚妻の気が変わるかもしれない。

 

投稿者 mukaidani : 09:38

2012年01月02日

正月二日目の「絆」

 正月番組がつまらない。
 私が観る番組がないのだ。

 と言っても、わざわざテレビを観ているわけではない。
 年賀状のこともあり、道場の仕事部屋へは行かないで居間のコタツで原稿を書いているのだが、居間には愚妻が居座り、テレビを観ている。

「なんだ、あの下品な芸人もどきは!」
 私が怒ると、
「うるさいわねぇ。二階で仕事をしなさいよ」
 愚妻はうんざり顔で言う。

「バカ者。絆(きずな)が叫ばれている時代、夫婦は居間で語らってこそ絆ではないか」
「わざわざ隣に座らなくても、一つ屋根の下ということでいいじゃないの」
「ダメだ」
「どうしてよ」

 愚妻が逆らうので、
「それは詭弁である」
 と、私は説明した。

 隣にいなくても一つ屋根の下、一つ屋根の下にいなくても同じ町、同じ町にいなくても同じ県、同じ県にいなくても同じ関東、同じ関東にいなくても同じ日本・・・。

「わかったか。こういう理屈になるのだ」
「絆って厄介なのねぇ」

 そうだ。
 絆とは本来、犬や馬をつなぎとめておくための綱のことを言う。
 これが転じて、人間同士の離れがたい結びつきを言うようになった。

「だから厄介な絆もあるのだ」
「ちょっと、どういう意味よ」
「二階で仕事をしよう」

 私はそそくさと腰を上げた。

 正月二日目。
 わが家は静かな波乱の幕開けである。

 

投稿者 mukaidani : 09:38

2012年01月01日

今年の抱負

 一夜明けて、新年。
 新年も、数えて62回目になると、さしたる感慨もなし。
 これを「馴れ」と言うのか、「感性の鈍化」と言うのか。

 昨夜は子、孫が遊びに来ていて、遅くまで飲んでいたようだが、私は8時にはベッドにもぐり込み、仏教本を読んでいた。
『紅白歌合戦』も楽しいだろうが、仏教世界にひとり心を遊ばせるのも愉快なものである。


 今年は、『日々是好日(にちにち これ こうじつ)』をもじって『日々是「耕」日』をキィーワードに一年を過ごしてみようと思っている。

 心を耕し、人生を耕し、縁を耕し・・・。
 荒廃しつつある心と精神を、いま一度、耕してみようというわけだ。

「おい、どうだ」
 愚妻に『日々是「耕」日』という今年の抱負を話して聞かせると、
「心を耕すのもいいけど、畑も耕さなくちゃねぇ」

 新年を迎えても、愚妻の心は微動だにせず。
 どこまでもリアリストなのだ。

投稿者 mukaidani : 09:55