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2011年01月31日

子供と「夢」

 文部科学省が、ニートやフリーターの対策に乗り出したそうだ。
 小中学校や高校で、仕事について学ぶ「キャリア教育」を推進するという。

 昨日のニュースを引用すれば、
《平成24年度からすべての公立小中学、高校で月2時間以上のキャリア教育の授業を行うほか、中高では年間5日以上の職場体験やインターンシップ(就業体験)を実施したい考えだ。文科省は「子供のうちから働くことへの意識を養いたい」としている。》

 要するに、教育現場におい労働意欲を喚起し、ニートやフリーター対策にしようというわけである。

 これで、文科省がいうように働くことへの意識が養えれば結構なことだ。

 だが「労働意欲の低下」とは、子供や青少年が「人生に夢をいだかなくなった」ということではないだろうか。

 夢をいだけば、その実現に向けて努力する。
 勉強もすれば、働きもする。
 山頂に立ちたいと思えば、一歩一歩、山道を登っていく。
 しかし、山頂に立ちたいと思わなけば、山道をフーフー言いながら登ってく人間など、いるわけがない。

 還暦になった私であれば、
「山頂に立たずとも、山道そのものを楽しむ」
 と嘯(うそぶ)きもできるだろうが、10代の若者にそれは無理だろう。

 私が子供のころは、
「大きくなったら、何になるの?」
 と、よく大人からきかれたものだ。

「わからない」
 と答えるのは恥ずかしいことだと、子供心に思った。
 そういう社会だったのだ。

「社会的価値観の背景には、高度経済成長があり・・・」
 という論議は、ここでは措(お)く。

 ただ、実感として、子供に対するこの問いかけを聞かなくなった。

「大きくなったら、何になるの?」
 という、親のたった一言が、我が子の夢を育てるのではないだろうか。
 すくなくとも「将来」に向けて目を見開くことは確かだ。

 夢が持てない社会といわれる。
 そうだろうか。
 社会のせいにして、大人が夢をもたなくなったように、私の目には見えてしまう。
 子供を巻き添えにしてはなるまい。

投稿者 mukaidani : 07:09

2011年01月30日

まさか、花粉症の再発?

 鼻が詰まる。
 ちょっとだけである。

(まさか!)

 花粉症という言葉が脳裏をよぎるが、
(バカな)
 と一笑に付した。

 かつて花粉症で苦しんでいたが、2年前から症状が出なくなっていたからだ。

 というのも3年前、花粉症に加えて、秋のブタクサにもアレネギーを起こすようになり、夏からクスリの服用を始めたところ、ブタクサはもちろん、花粉症も出なくなったというわけである。

 それでこの2年というもの、愚妻の花粉症を尻目に、
「わしは治ったぞ」
 と高笑いしてきた。

 それだけに、もし花粉症の〝再発〟となれば、格好がつかないのではないか。

(風邪気味なのだ、そうに違いない)
 と、私は自分に言い聞かせるのだ。


 そういえば、昨日、畑に出かけたときに、畑大指南役のSさんと花粉症の話題が出た。
 畑の近くに杉林があるからだ。

 で、畑の隅に腰を下ろしてSさんが言った。

「私なんか、九州の田舎育ちで、昔人間ですからね。花粉症なんか、なりませんよ。現代人は弱くなったんです」

「なるほど」
 と、私と愚妻は大きくうなずくが、映芳爺さんだけ黙っている。

 映芳爺さんは88歳だから、もちろん昔人間。
 しかも田舎育ちだから、
「そうだ、そうだ」
 と、ここぞとばかり賛意を表するところなのに沈黙し、Sさんが淹(い)れてくださったウコン入りのコーヒーをすすっている。

 何のことはない。
 映芳爺さんも花粉症なのだ。
 田舎育ちの昔人間としては、きっとバツが悪い思いをしているのだろう。

 私も武士の情けで、映芳爺さんが花粉症であることを口にしなかった。
 だからS大指南役は、私たち3人が花粉症と無縁と思ったのだろう。

「花粉症になる人は、ひ弱なんだと思いますよねぇ。だって・・・・」

 滔々と花粉症人間について語り始めた。

 映芳爺さんに続いて、愚妻も沈黙。
 私一人が、「そうだ、そうだ」と力強くリアクションする。

 その私が花粉症を再発したとなれば、愚妻は鬼の首でも取ったように大ハシャギするだろう。
 花粉症の再発は、亭主の沽券(こけん)に関わる大問題なのだ。

投稿者 mukaidani : 10:39

2011年01月29日

スコップを持って畑にGO!

 1月最後の週末。
 今日は畑に行く日だ。

 先週、畑の大指南役であるSさんが、
「冬の天気のいいときに、畑の土をひっくり返しておくといいんですよ。土の中にいる〝根切り虫〟が陽にあたって死にますから」

 この言葉に、87歳の〝映芳爺さん〟が、
「そりゃ、いいことを聞いた。ほいじゃが・・・」
 と、私を見やり、
「わしは息が切れるけんのう」
「わかったよ、わしがやるよ」

 それで今日はスコップを持っていって、畑の土を掘り返すというわけである。

 一度は吐いた溜め息を、今度は大きく深呼吸で吸い込む。
 仕事を中断して、これから畑仕事とは、私は何と幸せ者であることか。
 心でつぶやいて、さあ、これから出発だ。

投稿者 mukaidani : 08:09

2011年01月28日

「生類憐れみの令」考

 今日、1月28日は、五代将軍・徳川綱吉が《生類憐れみの令》を出した日である。

《生類憐れみの令》とは犬、猫、鳥、さらに魚貝類、虫類などの生き物を殺した者は「死罪・遠島」の極刑を科すもの。
 ことに犬は、綱吉が戌(いぬ)年生まれであったことから特に保護され、綱吉は「犬公方(いぬくぼう)」との異名を取った。

 冗談ではなく、蚊、シラミ、ノミ、ハエを殺すことはもちろん、鳥も魚も卵も食べることを禁じたのである。

 事実、犬を殺して八丈島に流され、吹き矢でツバメを殺して死罪になっている。病気になった馬を遺棄しただけで、これも島流し。猫が江戸城の台所の井戸に落ちて死んだことから、気の毒にも台所頭が責任をとらさて八丈島に流罪になったり。
 いやはや、すさまじいものであった。

 では、《生類憐みの令》の目的は何なのか。

 一説によれば、綱吉の世継ぎ誕生を祈ったことにあると言われる。
 側室に生ませた長男が5歳で亡くなり、以後、綱吉は世継ぎに恵まれなかったのだが、その理由として、某寺の大僧正が、
「前世で殺生をした報いであり、綱吉は戌年生まれであることから、特に犬を大切にすべし」
 と助言したことによるとされる。


「アホなやっちゃ」
 と綱吉を嗤(わら)うのはたやすい。

 実際、アホな男である。

 だが、私たちもまた、綱吉と同じようなことをしていないだろうか。

 神仏に賽銭(さいせん)を放り込んで、合格祈願に家内安全、心願成就、無病息災・・・。

「いやいや、神仏に祈りたくもなるのは、人間の気持ちとして自然のことじゃないか」
 と言うなら、《生類憐みの令》を発令した綱吉を嗤うことはできまい。
 綱吉もまた世継ぎを望んでのことであり、「願掛け」という構造は同じなのである。

 《かなしきかなや道俗(どうぞく)の
  良時(りようじ)・吉日(きちにち)えらばしめ
  天神(てんじん)・地祇(じぎ)をあがめつつ
  卜占祭祀(ぼくせんさいし)つとめとす》

 これは親鸞聖人の御和讃で、
「悲しいことに、僧侶も在家の人々も、日時の善(よ)し悪しを選ぶことをすすめたり、天地の神々を崇(あが)めて、仏を崇めることを忘れている。占いや祈祷(きとう)を頼りとし、福を求めようとするとは」
 という意味で、当時の仏教は、加持祈祷によって病気を治したり、豊作をもたらしたり、災厄を消除したりするなど、現世利益(げんぜりやく)をもたらすものだと思われていた。

 それに対して親鸞は、加持祈祷は断じて釈迦の教えではないと説いたのである。

 すなわち、
「占いや超能力は命の〝よりどころ〟にはならず、そんなものに頼って現世利益を求める生き方をしていると、自分を見失い、不幸な一生を送ることになるぞ」
 というわけである。


 今朝9時に、我が家の駄犬「マック爺さん」のトリミングを予約していると愚妻が言う。
 丸々と太って、マック爺さんの足はヨロヨロ。

「こんな犬でもトリミングが必要なのか」
 私が言うと、愚妻がキッとニラんで、
「当たり前じゃないの!」

 これがもし綱吉の時代であれば、私は「お犬様」に暴言を吐いたかどで、間違いなく八丈島に流されていたことだろう。

 くわばら、くわばら。

投稿者 mukaidani : 05:50

2011年01月27日

光陰は矢の如し

 私は「一休さん」が好きだ。
 そう、トンチで知られる一休さんだ。

 良寛さん、親鸞さんの教えについては本にしたので、次は一休さんを書きたいのだが、出版社のノリが悪い。
 トンチのイメージが強すぎるせいだろうか。

「一休さんの人生論に読者が興味を持ちますかねぇ」
 と、編集者たちは一様に渋い顔をする。

「何を言うか、一休さんの言葉は人間の本質をついて面白いのだ」
 と、これは声に出さず、心のなかでつぶやく。
 渋い顔をする人間を説得するほど、私は親切ではないのだ。

 一休さんの言葉はおもしろい。

『生まれては、死ぬるなり。釈迦も達磨も、猫も杓子も』

『世のなかは、食うて糞して寝て起きて、さて、その後は、死ぬるばかりよ』

「人生の無常」を大上段から袈裟懸けに斬り落として、
(ウーム)
 と、腕組みをして唸らずにはいられないほど、見事ではないか。

 ちなみに一休さんは「一休宗純(そうじゅん)」と言い、室町時代の臨済宗大徳寺派の禅僧にして漢詩人である。
 しかも、出生地は京都で、後小松天皇の落胤(らくいん)とされる。
 この出自に、「トンチ」のイメージとはまったく違う一休さんの素顔が垣間見えるような気がする。

『今日ほめて 明日悪くいう人の口。泣くも笑うも ウソの世の中』
 と、人間の醜い心を抉(えぐ)り出す一方、

『仏と言うも、悟ると言うも、名は変われども、同じ道なり。我が本心を悟る人を、すなはち仏と名づくるなり』

 そんな言葉を吐く。

 私が僧籍を置く浄土真宗本願寺派の教義とはまったく異なるが、一休さんと、本願寺中興の祖である蓮如上人はとても仲がよかったとされ、こんな逸話がある。

 ある日のこと。一休さんが蓮如上人を訪ねると、蓮如上人は布教行脚に出かけて留守。それならと一休さん、蓮如上人の書斎にあった阿弥陀仏の立像を枕に、ごろりと昼寝を始めてしまったという。
 二人は、そういうつき合いだった。

 そんな先入観があるからだろうか。一休宗純は禅宗の高僧でありながら、私は何となく浄土真宗的な〝匂い〟をも嗅ぎ取るのである。

『正月は、冥土の旅の一里塚。めでたくもあり、めでたくもなし』
 と、一休宗純が詠んだ正月も、すでに27日が過ぎ去ろうとしている。

 光陰はまさに、矢の如の過ぎ去っていくのだ。

 

投稿者 mukaidani : 07:25

2011年01月26日

やさしさという「偽善」

 4時30分に起床し、ひと風呂浴びて5時30分に道場内の仕事部屋に入る。

 最初にやるのが、メダカにエサをやることだ。

 ところが、メダカは寝起きのせいか、エサを食べない。
 
 しばらくジッと見ていて、再びエサをパラパラと撒くが、やはり食いが悪い。
 イライラする。
 腹が減ってはかわいそうと、せっかくエサをやっているのに、それを食べないとは何事か、というわけである。

(ちょっと、エサをやり過ぎたら死ぬからダメよ)
 と、私に念を押した愚妻の言葉が脳裏をよぎり、あわててティッシュで水面のエサを回収する。

 こんなことを数日繰り返している。

 仕事部屋には、鉢に入れた観葉植物がたくさん置いてあるのだが、これも水をやりすぎて、ずいぶん枯らせた。

「何度、いったらわかるのよ。水をやりすぎたら根が枯れるんだから」
 と愚妻に、それこそ何度、小言をいわれたことか。

 私にしてみれば、植物たちにひもじい思いをさせるのはかわいそうだと、つい思ってしまうのである。

 そういえば、ウチの87歳の「釋映芳」爺さんが、駄犬の「マック爺さん」に、しょっちゅうエサを与える。

 だからマック爺さんの体重は8キロの超メタボ。
 かかりつけ(というのかどうか)、若い獣医さんが、
「ウーム、トイプードルでこの体重は・・・・」
 と唸っている。

 私も愚妻も、エサを与えすぎないよう映芳爺さんに苦言を呈するが、
「マックが、〝くれ、くれ〟と言うんけん、かわいそうでのう」
 と抵抗する。

 なんと、私と同じではないか。
 かわいそうだからと、メダカにエサ、そして植物に水。

 本当にかわいそうだと思うなら、マック爺さんにも、メダカにも、植物にも、エサや水を与えすぎないことだ。

 しかるに、私も映芳爺さんも、どうしても与えてしまう。

 これはきっと、
「相手のためを思って」
 という自己満足なのだろう。

 こういうのを〝偽善〟というのではないか。
 メダカと観葉植物に、私はそんな自分に気づかさせるのである。

 今日は午前10時から佐倉地区保護司会・広報部会の打ち合わせがある。
 準備をしながら、
「保護司という仕事が偽善であってはならない」
 と自分に言い聞かせるのだ。

投稿者 mukaidani : 05:47

2011年01月25日

夫婦は「ゲーム感覚」

 わが家で私は、ときどき「武家言葉」をつかう。
 愚妻が時代劇マニアであるからだ。
 武家言葉を使えば、愚妻がたちまちノッてくるのである。

「これ、茶を所望(しょもう)したい」
「その方、誉めてつかわすゆえ、拙者の肩をもむがよい」
「出立(しゅったつ)じゃ、支度(したく)いたせ」

「もう、しょうがないわね」
 とプリプリしつつも、これでたいていのことは言うことを聞いてくれる。

 武家言葉だけではない。
「ちょっと、脱いだ服はちゃんと二階に持って行ってよ!」
 愚妻が怒れば、
「合点だ!」
 と、一心太助になるし、いつまでも愚妻の小言がやまないときは、
「もういいでしょう」
 と、水戸黄門になったりもする。

 都合が悪いことを言われたときは、
「なぬ? しかと聞こえぬが、何か申したか?」
 こう言って、とぼければいいのだ。


 で、昨夜、映画に行った。
 理由はない。
 先日、急に観たくなったのだ。

 だが、一人で行くのは億劫だ。
 必然的に愚妻を伴うことになる。

「何を観たい?」
「時代劇に決まってるでしょ」

 で、『武士の家計簿』にして、時代劇を観るなら、むろん私は着物に羽織で出かけたのである。

 内容もよかったが、会話や立ち振る舞いがよかった。
 親子や夫婦においてさえも、礼をわきまえ、それでいて凛として言葉づかいがいい。
 テレビで観るチャンバラは、
「なんだかなァ」
 という気分だが、こうした時代劇は悪くない。

(時代小説をまた書いてみたいな)
 と、いい気分になって映画館を出たら午後の8時過ぎ。

「夕餉(ゆうげ)はどういたす?」
 袂(たもと)に手を入れ、ゆるりと歩きながら武家言葉で問いかけたところが、
「フレンチ? イタリアン?」
 何とも興ざめなカタカナ言葉が返ってきたのである。

「これ、フレンチだのイタリアンだのと面妖なことを。それは夷狄(いてき)の食べ物であるか?」
「バカなこと言ってないで、何を食べるのよ」
 とは言いつつ、顔は笑っている。

 武家用語の効用ということか。
 夫婦関係はゲームなのだ。
 
  

投稿者 mukaidani : 06:20

2011年01月24日

夜の新宿歌舞伎町

 昨夜、新宿の中華料理店で、私が主宰する昇空館の支部長新年会が開かれ、出席した。

 開宴まで少し時間があったので、ヒマつぶしに歌舞伎町を歩いた。

 週刊誌記者時代は、明け方まで歌舞伎町のネオン街に浸かっていたものだが、いまは打合せでたまに訪れるくらいだ。それも、指定された飲食店へ直行するため、ゆっくり歌舞伎町を見て歩くことはない。

 で、コマ劇場あたりから区役所通りをブラブラ歩いてみた。
 昔と変わらず、猥雑な街だ。

 かつて私は歌舞伎町について、小説でこんな記述をしたことがある。

《新宿歌舞伎町は、コマ劇場を中心とする六百メートル四方を言う。
 面積にしてわずか0・36平方キロ。
 この狭いエリアにバー、クラブ、性風俗店など三千余がひしめき、百数十余のヤクザ事務所が密集する。欲望、金、セックス、暴力、ミエ、裏切り・・・・。人間のあらゆる煩悩をネオンというミキサーに放り込んで攪拌(かくはん)した街――それが歌舞伎町だった。》

 歌舞伎町に〝棲息〟する私の友人たちの誰もが、
「ここへ帰ってくると、ほっとする」
 と口をそろえる。

 歌舞伎町が「煩悩の坩堝(るつぼ)」であるからだろうか。
 人間のすべてを受け入れ、そしてミキサーで攪拌していく。
 それも一年三百六十五日。
 歌舞伎町には四季がないことに、あらためて気がついたのだった。

 昇空館支部長新年会は、気が置けない仲間同士が酒を酌み交わし、楽しい時間を過ごした。

 私は煩悩の塊であることを自覚しつつも、
(ネオン街は、肌に馴染まなくなったな)
 そんな思いがした一夜であった。

 

投稿者 mukaidani : 10:37

2011年01月23日

野菜たちの「我慢」

 友人から、このブログについて記述の誤りを指摘された。

「大寒は20日です」
 と言うのだ。

 例年、1月20日がそうだとは私も知っていたが、手もとの『家族で楽しむ 歳時記・にほんの行事』(池田書店)でチェックすると1月21日になっていた。

 それでも書く前に一応、例年の大寒を調べてみると、2008年が21日になっていた。
(そういうこともあるんだ)
 と納得し、21日と書いたのである。

 ところが、友人は誤りだという。
 カレンダーをいつか調べてみると、なるほど1月20日が大寒となっている。

 出版社の校正ミスか。
 歳時記にミスがあったとしたら、これはまずかろう。

 池田書店に連絡しようと、奥付を見ると、なんと本書の発行が2008年3月となっているではないか。
 それで合点した。
 2008年の大寒は1月21日である。

(しかし)
 と疑問がもたげた。
 これでは、本書は使用できないではないか。

 歳時記は年によって、そう変わるものではないということで、池田書店は2008年に出版したものを流通させているのだろうが、それでは役に立たない。
 と同時に、一つの資料だけに当たることの恐さを再認識した次第。


 さて--。
 大寒のついでに記しておけば、まもなく「水沢腹堅」の候に入る。
「水沢腹堅」は「さわみずこおりつめる」、あるいは「すいたくふくけん」「すいたくあつかたし」と読む。

「沢に氷が厚く張りつめる」
 といった意味で、1月25日~1月29日ごろに相当し、大寒を境に春に向かえども、まだまだ寒いという意味になろうか。

 さすがに畑も日陰となると午前中は霜柱が立っている。
 で、今日は昼になるのを待って畑に出かけた。
 ポカポカ陽気ではあるが、やはり畑を吹き抜ける風は冷たい。

「もうこの時期は、収穫するものもほとんどなくなったねぇ」
 と、畑の「大指南役」であるSさんが畑を見やりながら、
「野菜も春を待って、じっと我慢しているんだ」

 言われてみて野菜を見る。

 ネギも、ほうれん草も、小松菜も、豆も、みんな歯を食いしばってこの寒さに耐えているように思えてきて、何やら野菜が愛(いと)おしくなってくるのだ。
 

投稿者 mukaidani : 07:51

2011年01月22日

「心の存在」を問う

 稽古前のことだ。
「館長、《心》はあると思う?」
 小学校高学年の生意気盛り数人が、私に論戦を挑んできた。

「バカ者、あるに決まっているではないか」
「ブブー! 《心》なんてなくて、あれは《脳》のこと」
「いや、《心》はあるのだ」

 私が敢然と言い放つと、
「じゃ、どこにあるのか教えて?」
 生意気にも挑発してくるではないか。

「よし、教えてやろう。ここにあるのだ」
 と右手の人差指を立てて、
「よく見ろ。指の先に《心》が光っているだろう」

 彼らは一瞬、息を呑んで私の指先を見つめてから、
「ウソだい」
 と笑った。

 だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
 彼ら自身のために、何としても「心は存在する」ということを教えなくてはならないのだ。

「じゃ、質問する。親切な人のことを館長は『心やさしい人』と言うが、おまえたちは『脳がやさしい人』と言うのか」
「・・・・・・」
「『心がきれいな人』のことは『脳がきれい』と言うのか」
「・・・・・・」
「いいか、《心》はあるのだ」

 納得したかどうかわからないが、「心=脳」という理屈に、いささかの疑問を持ってくれたようだった。

 心と脳の関係については、医学においてもさまざま論議されているが、ここでは立ち入らない。

 ただ、私が子供たちに危惧するのは、
「五感や理屈で確認できるものしか信じない」
 という思考法だ。

 こういう思考法においては《心》はもちろん、《やさしさ》や《愛情》《憐憫》といった概念は実感しにくくなるだろう。

 これらは理屈を超えて「在(あ)る」と信じるものだ。
「心は在る」
 と信じるから心は存在し、「心を磨く」「心やさし人間になる」という情操教育が可能になるのではないだろうか。

「なぜ人を殺してはいけないのか」
 ということが大まじめに論議される世のなかが健全であるはずがなく、その背景には理屈万能――すなわち「信じる力」の低下があるように私は思うのである。

 いじめについても、そのことが言えるだろう。
「なぜ、いじめてはいけないのか」
 ということを、わざわざ説かなければならないこと自体に、問題の本質がひそんでいる。

 理屈を超えて《心》の存在を信じるのと同様、いじめもまた、《理屈》を超えて、やってはいけないことなのだ。
 いま、まさにそういう教育が欠落しているように、私は肌身で感じるのである。

 今年は、「礼儀」を稽古のキィーワードとして掲げてみた。
 きちんとした挨拶や態度で人に接することによって、相手に対する《敬意の心》が芽生えてくれればと思ってのことだ。

 稽古前、そのことを子供たちに伝えた。
「なせ礼儀が必要なんですか」
 という質問を覚悟したが、幸いそれはなかった。

 だが、
「ハイ」
 という返事もまた、小さかった。

 さて、何から取りかかるか。
 私は腕組みをして考えるのである。

投稿者 mukaidani : 08:25

2011年01月21日

大寒は「春の一里塚」

 今日は「大寒」である。
 意味を説明せずとも、字面(じづら)を見ればわかるだろう。
「一年でもっとも寒い時期」
 という意味で、二十四節気の一つである。

 二十四節気とは、太陰暦を使用していた時代に季節を表すものとして考え出され、1年を24等分して、その区切りに名前をつけた。立春、啓蟄(けいちつ)、春分、立夏、夏至、立秋などがそうで、これも字面を見ただけで季節感がすぐにわかる。

 エイプリフールやメイデー、ジューンブライドといった洋風も悪くはないが、やはり日本の風情となれば二十四季節にかなうまい。

 ちなみに、小寒から数えて15日後が大寒で、小寒から大寒までの15日間と、大寒から立春までの15日間の合計30日間を「寒さの内」と言う。

 大寒は、なるほど寒さの極(きわ)みだが、今日を境に、日いちにちと春が近づいてくる。
 芽吹く季節に心をときめかしたのは、いつが最後だったろうか。
 甲羅を経るにしたがって、大事なものを一つずつ失っていくような気がしてならない。

投稿者 mukaidani : 10:52

2011年01月20日

脳を瞬時に切り替える

 はや1月も20日が過ぎた。
 新年から始めたこの「ブログ歳時記」は、1日も休まず書き続けている。
(どうせ三日坊主で終わるさ)
 と気楽に構えていたが、1日も途切れないとなると次第に気合いが入ってきて、連続安打記録を狙ったときのイチロー選手の心境になっているのである。

 正直言うと、
(ブログを書くヒマがあったら、原稿書くべきではないか)
 という思いが当初はあった。

 短文で、ろくでもないことを書き連ねてはいるが、これも毎日となると手間なものなのだ。
 だから、そのうち3、4日に1本くらいになるだろうと思っていた。

 ところが毎日書いていると、仕事の原稿も執筆ペースが早くなるのだ。
 しかも、気楽にスイスイと書いていける。

 これは新発見であった。

 推測するに、脳が瞬時に「思考モード」「執筆モード」に入るようになったからではないか。

 うろ覚えだが、脳科学者の茂木健一郞さんが、
「パソコンを起動したら、すぐ仕事にかかる習慣をつけるべきだ」
 といったようなことをお書きになっていた。

 そうすれば、パソコンに向かうと同時に、脳は瞬時に仕事モードに入るようになるといった内容だったと記憶している。

 そんなわけで、私の脳は〝助走〟なくして仕事モードに突入するようになってきた。

 ただ、問題が一つある。

 道場の仕事部屋に入り、瞬時に仕事モードになって調子が出てきたところで、なぜか決まって愚妻が電話をかけてくるのだ。

「お昼、どうするの?」
 のんきな声に、私はムカッとして、
「昼がどうした」
 と噛みつく。

「昼って言ったら、お昼ご飯に決まっているでしょ」
「ならば、最初からそう言えばよい」
「文句ばっかり言って、ヒマみたいね」
「バカ者! 脳が仕事モードに入ったところを、お前がブチ壊しているのだ。わからんのか」
「じゃ、お昼は食べないのね」
「食べる」
「だから、お昼はどうするのか訊(き)いているんじゃないの」

 かくして私の脳は瞬時に〝昼飯モード〟に切り替わり、執筆速度は早いにもかかわらず、原稿は遅れてしまうのである。

投稿者 mukaidani : 07:53

2011年01月19日

白メダカが仕事部屋に同居

 昨日から、メダカを飼い始めた。

 愚妻と所用で房総に出かけた帰途、ソフトクリームを食べようと「道の駅」に立ち寄ると、小さな水槽に入れてメダカを売っていた。

「ちょっと、ダメよ」
 メダカの前に立って動かない私の袖を、愚妻が引く。

「ダメとは、どういう意味だ?」
「ダメはダメに決まっているでしょ」
「ならば、ダメを続けて言ってみよ」
「ダメダメダメダメダメ・・・」
「それみろ、メダカになっているではないか」

 かくして、白メダカを飼うことになった。
 途中で量販店に寄り、水槽やエサなど一式をそろえ、道場の仕事部屋で彼らと同居が始まったのである。

 で、今日が同居2日目。
 先ほど、エサをやった。
 8匹のメダカたちが水面のエサを喜んで食べ始める。
 生まれたばかりか、1センチにも満たない小さな命が頑張って食べている。

 水槽越しに彼らを眺めていると、「命」というものを考えさせられるのだ。

投稿者 mukaidani : 06:52

2011年01月18日

頑張らず、踏ん張らず

 今朝も4時30分に、スッキリと目覚めた。
(よし、これなら4時起きにするか)
 と、欲をかかないところが私のいいところ。

 これまでずっと、無理とムチャを重ねてきたのだ。
 還暦以後は、「頑張らず、踏ん張らず」の生き方を心がけている。

 だから冷え込みが厳しいときは、空手着の下にパッチを穿(は)く。
 これまで考えられなかったことだが、頑張らず、踏ん張らずだ。
 先日も書いたが、道場は暖房がきいていて暖かいが、中学校の剣道場は寒いのだ。

 で、先夜の稽古前。
 小学生たちが「足が冷たい」を連発しながら、
「いいな、館長は足袋(たび)を穿いて」
 と、私の足もとをうらめしそうに見る。

 だから私は言ってやった。
「館長は足袋たけじゃなく、パッチも穿いているんだぞ」
「パッチ?」
 キョトンとしてから、数人が額を寄せ合うようにしてヒソヒソやり始めた。

「パッチって何?」
「知らない」
「オレも知らない」
 すると女の子のひとりがしたり顔で、
「スパッツのことじゃない?」

 まったく、しょうがない連中だ。
 私は近づいて教えてやった。
「パッチというのは股引(ももひき)のことだ。そして、パンツは猿股(さるまた)と言うんだ」
「ももきひ? さるまた?」

 キョトンがポカンに変わり、そして大爆笑。
「館長、ウソばっかり!」
 私はこのとき「隔世の感」という言葉を思い浮かべたのだった。

 これから1ヶ月が底冷えの季節。
 老兵は、頑張らず、踏ん張らず。
 とりあえず元気にしていれば、消え去ることもあるまい。

投稿者 mukaidani : 05:09

2011年01月17日

黎明即起(れいめいそっき)すべし

 このところ、朝が起きられない。
 5時起きにしているのだが、目覚めが悪い。
 いったん起きはしても、ヘタをすれば8時ころまでベッドでぐずぐずしていることがある。

 ちなみに、睡眠には《浅い眠り》(レム睡眠)と、《深い眠り》(ノンレム睡眠)があり、人間はこれを90分サイクルで繰り返している。

《浅い眠り》は「身体が眠っているのに、脳が活動している状態」で、このタイミングで起きれば、
「目覚めスッキリ」
 となるそうだ。

 つまり、3時間、4時間30分、6時間、7時間30分の睡眠が「目覚めスッキリ」というわけだ。

 そんなことから、私は5時から逆算して6時間前、夜の11時前には寝るようにしているのだが、どうもスッキリと起きられない。

 年齢のせいか。
 体力が落ちて、稽古の疲れが回復しないのかもしれない。

 となれば睡眠時間を増やさなければならず、《浅い眠り》(レム睡眠)のタイミングに合わせるにはプラス90分で、7時30分に起きればいいことになる。

 睡眠時間7時間30分でたっぷりだが、これでは仕事など諸々の用事が削られてしまうため、マズイのである。

 で、一昨日のこと。
 なぜか4時30分に目が覚めてしまった。

(ありゃ、まだこんな時間か)
 と思ったが、目覚めスッキリなので、そのまま起きて仕事した。

 で、昨日。
 ためしに4時30分に目覚ましをセットしてみたところが、目覚めスッキリではないか。
 あまりにスッキリなので、
(よし!)
 と、5時36分の電車で築地本願寺へ晨朝(朝の勤行)に出かけたほどである。

 で、今朝も4時30分起きで、スッキリ気分。

 これはどういうことだろうか。
《浅い眠り》(レム睡眠)がジャストタイミングなのかもしれないと思ったが、それだけではあるまい。

(ギリギリまで寝ていよう)
 という心がけがよくないのだ。

(頑張って起きても5時だな。これなら《浅い睡眠》にもジャストだし)
 という〝計算〟が、そもそもセコイのである。

(えい! もっと早く起きてやれ)
 という、この〝攻めの気持ち〟が目覚めスッキリになっているのではないか、と考えるのである。

 その昔、武芸者は夜中の2時に起きて稽古したそうだ。
(眠くねぇのかな。5時起きでもいいだろうに)
 と、怠け者の私など思ってしまうのだが、そうではない。

 あえて2時に起きるという〝攻めの気持ち〟が、眠気など吹っ飛ばしているのだろうと、実感として理解できるのである。

 清末の政治家、曽国藩は次のような言葉を残している。

『黎明(れいめい)即起(そっき)し、醒後(せいご)、霑恋(てんれん)する勿(なか)れ』

 黎明は「夜明け」で、霑恋は「寝床でいつまでもぐずぐすしていること」。

 すなわち、
「夜が明けたら、すぐ起きよ。寝床でいつまでもぐずぐすしていてはいけない」
 と、朝の大事さを説く。

 あるいは、黎明を「志(こころざし)」に置き換えるならば、
「志をいだいたならば、ぐずぐずと迷っていないで、すぐに行動に移せ」
 と読み解くこともできるのだ。

 黎明即起。
 いい言葉ではないか。


投稿者 mukaidani : 05:51

2011年01月16日

夫婦仲にも「必要経費」

 最近、「必要経費」ということを考えている。
 お金の話ではない。
「人生の必要経費」である。

 人生において何かを得ようとすれば、相応の努力がいる。
 これを「必要経費」と私は考えるのだ。

 ところが、私たちはこの「必要経費」を惜しむ。
 努力しないで、楽して稼ぎたいと思う。
 他人に気をつかうのはイヤだが、他人には気をつかって欲しい。
 チヤホヤされるのは好きだが、チヤホヤするのは大嫌い。

 これでは人生、うまくいくわけがない。

 虎児を得ようとすれば、虎穴に入らなければならない。
 コップを洗えば手は濡れるのだ。

 夫婦仲も同じで、〝オシドリ〟でいようと思えば「必要経費」がいる。
 これを世間では、
「忍耐」
 というのだ。

 だから私は〝オシドリ〟でいるために、忍耐という多大な「必要経費」をつかっているのである。

 ところが、このことに愚妻はまったく気づいていない。
 私の忍耐を知らないのだ。

 これでは夫婦仲にとってよくあるまいと思い、そのことをハッキリと告げたところが、
「冗談じゃないわよ」
 眉をつり上げて居直った。
「私なんか、〝必要経費〟でとっくに倒産しているんだから」

 今日は、全国各地で雪。
 そういえば先夜、「雪の降る音が聞こえるかどうか」をめぐって、愚妻と論争したことを思い出した。

「絶対に聞こえる」
 と、愚妻は言い張り、
「それは音ではなく、気配だ」
 と、私は主張。
 賢夫と愚妻の論争は延々とつづき、双方が譲らないため険悪になってしまった。

 考えてみれば、どうだっていいような論争なのである。
 それをお互いムキになり、次第にヒートアップしていく。
 いまこうして振り返ってみると、私たち夫婦は意味のない「必要経費」を湯水のごとくつかっていることがよくわかる。

 そんな私たち夫婦を見て、他人様は「仲がいい」と言ってくださる。
「おかげさまで」
 と言って、私は笑う。
 笑うしかないではないか。

 

投稿者 mukaidani : 20:22

2011年01月15日

トンカツと「小正月」

 今年から、よく噛んで食事をするよう心がけている。
 胃腸に負担をかけないということもあるが、食べるのが早いのはガツガツしているようでみっともないと思ったからである。

 50回以上を目安に噛むことにしているが、きちんと噛むには、口の中の食べ物を少量にしなくてはいけない。頬張ったのでは〝噛み残し〟ができてしまうからだ。

 で、今日。
 昼飯のトンカツを〝噛み噛み〟しながら、ふと、
「腰痛の原因の1つは、大股(おおまた)で歩くことで腰が引け、歩行姿勢が乱れることにある」
 と、何かで読んだことを思い出した。

 人間はうんと昔、道が凸凹して歩きにくいため小股で歩いていたが、道路が舗装されるつれて大股で歩くようになり、これが腰痛の原因にもなっているというのだ。

(そうだ)
 と、私は考えた。

 口の中へ入れる食べ物も、歩くのも「大」はよくないのだ。
 ついでに欲も「大」は身を滅ぼし、「小」でなければならない。
 だからお釈迦さんは「小欲知足」と言ったのだろう。

 そういえば今日1月15日は「小正月(こしょうがつ)」。
 歳時記によれば、小正月は旧暦の正月にあたり、1月15日が新年最初の満月になるそうだ。

 元旦が「大正月(おおしょうがつ)」で、15日を「小正月」と呼ぶ。
 これまで「小正月」のことなど気にとめたことはなかったが、トンカツを〝噛み噛み〟しながら、「小」がつく「小正月」のほうが、元旦の「大正月」より好ましく思えてくるのだった。

投稿者 mukaidani : 14:25

2011年01月14日

病院で〝火花〟を散らす

 朝、いつものようにWebでニュースをチェックすると、『どんと祭り』のことが話題になっていた。

『どんと祭り』とは、門松やしめ縄などの正月飾りなどを神社に持ち寄って燃やすことで、この火にあたると、その年は病気にかからないとされる。

「安易すぎるではないか」
 私が『どんと祭り』にケチをつけると、
「無病息災を願う気持ちのあらわれだから、いいじゃないの」
 愚妻が、私にケチをつける。

「バカ者。そんなに健康が大事なら、もっと日常生活に気をつけるべきではないか。美食飽食、エレベータにエスカレータ。さらに不平不満に嫉妬(しっと)と嫉(ねた)み。それでいて健康を願うなど、ちゃんちゃらおかしいのだ」
「そんなことはいいから、さっ、行くわよ」

 健康を話題にしつつも、実は今日は、私と愚妻、そして87歳の映芳爺さんと3人で大学病院へ行く日なのだ。3人とも高血圧で、同じ医者にかかっている。畑に行くときも3人、病院も3人というわけだ。

 3人一緒の病院通いは、すでに5年になるだろうか。
 毎回、1人ずつ〝なじみの医者〟に血圧を測ってもらうのだが、これに3人は〝火花〟を散らすだ。

 まず、私の血圧測定。
「エー、上が128の下が89。いいですねぇ」
 私がニッコリ笑う。

 次いで、映芳爺さん。
「エー、上が124の下が85」
「ウッフフフ」
 映芳爺さんが会心の笑みをもらす。

「じゃ、奥さん」
 医者にうながされて、愚妻が腕をまくる。
 このときの愚妻の顔は、試験に臨む受験生のごとく、険しく引き締まっている。

「エー、上が122の下が84」
 愚妻は満面に笑みを浮かべ、「どうだ」といわんばかり私たちを見る。
 こうした〝さや当て〟が延々5年も続いているのである。

 で、今日、会計をすませたところで、
「あら!」
 と声をかけられた。

 以前、わが家の近所に住んでいたご夫婦にバッタリ会ったのである。
 おふたりとも60代半ば。

「お久しぶり。お元気ですか?」
 奥さんが言い、
「ええ、おかげさまで元気でやっています。みなさん、お変わりございませんか?」
 と愚妻が返したところで、
「ちょっと待った」
 私が口をはさんだ。

「お互い、病院で会っているに、〝お元気ですか〟はヘンじゃないか?」
「あら、ホント」
 ご夫婦は笑ったが、愚妻は私をキッとニラむ。

 ホントのことなのに、もの言えば唇寒しの病院であった。 

投稿者 mukaidani : 15:51

2011年01月13日

趣味を「仕事」、仕事を「趣味」と考える

「松の内」とは、正月の松飾り(門松)を飾っておく期間のことで、元旦から1月7日までを言う。
 もともとは1月15日までだったが、いつのまにか7日に短縮されたのである。
 時代を追って、せわしくなっているということか。

 今朝、所用があって都内にクルマで出かけたが、年末年始と打って変わって、高速道路を走るクルマはみな、忙(いそが)しげであった。

「人生は短い。もっと楽しむべきではないか」
 帰宅して愚妻に話すと、
「あなたは趣味で生きているからノンキなこと言ってられるのよ」
 と憎まれ口を叩いたので、
「バカ者!」
 即座に叱責して、
「私は趣味で生きているのではなく、生きることを趣味にしているのだ」

 愚妻は返事をしなかったが、
「生きることを趣味にする」
 という考え方は先日、スーパー銭湯の湯船で考えたことだ。

 たとえば週1回、家庭菜園を楽しんでいるサラリーマンがいたとする。
 この人にとって家庭菜園は「趣味」で、会社は「仕事」だが、これを逆に考えたらどうか。

 家庭菜園を「仕事」、会社を「趣味」とするのだ。

 むろん、意識の問題だ。

 週に1回であろうとも、生活の糧(かて)を得ることがなかろうとも、家庭菜園を「仕事」とし、会社を「趣味」とする。

 畑に行くときは、
「さあ、仕事だ」
 と思う。

 会社に行くときは、
「さあ、趣味だ」
 と思う。

 もともと家庭菜園は趣味なのだから、「仕事」になっても楽しく働ける。
 一方、生活のために仕方なく働いている仕事も、「趣味」だと思えば気が楽になる。

 これこそが「人生を趣味にする生き方」ではないか、と考えたわけである。

 私がいつも感心するのは、沖縄のハブだ。
 猛毒のハブは人間の敵だが、泡盛に漬けてハブ酒にすることで健康酒になる。この〝逆転の発想〟こそ、「苦」を「楽」に転じる方法なのである。

 私たちの日々は、楽しいことより、つらいことのほうが多い。
 だが〝逆転の発想〟で「苦」が「楽」に転じるとするなら、私たちの身のまわりには「楽」の種がゴロゴロころがっているということになる。

 趣味を「仕事」に、仕事を「趣味」と考えるのは、その一例だ。
 どうぞ、お試しあれ。
 やってみると、気分はうんと楽になるはずだ。

投稿者 mukaidani : 21:38

2011年01月12日

「オナラ」をして、人生を考えた

 昨夜とうって変わって、今日はポカポカ陽気。

「冬は冬らしく、寒いほうがいいのだ」
 と口では言いながら、こう暖かいと気持ちもなごんできて、ついでに外出したくもなってくる。

 で、昼前。
「おい、『余白亭』へ行くぞ」
 愚妻に命じて出かけた。

『余白亭』というのは、ときおりこのブログで紹介するが、熟年夫婦が営むうなぎ屋で、印旛村にある。

 うなぎ屋といっても、営業時間は昼間の2時間だけ。
 店内は靴を脱いで上がるのだが、テーブルは3つ。しかも、そのうちの1つはご主人がどっかりと座っているから、客用のテーブルは2つしかない。

 ご主人は骨董の蒐集が本業で、店は奥さんひとりが切り盛りしている。 
 要するに、趣味でやっている店というわけだ。

 行くと、たいてい人生論になり、今日もご主人は、
「ま、仏さんにだって、如来だ菩薩だと位(くらい)があるんだからな。われら人間に位があって当たりめぇだ」
 とかなんとか嘯(うそぶ)いていた。

 そして、帰途。
 クルマを運転して、不覚にも私は、プッとオナラをしてしまった。

「ちょっと、狭い中でオナラなんかしないでよ」
 愚妻がさっそく噛みつく。

「いや、すまん」
 とあやまったのでは、以後、オナラをするたびにあやまらなければなくなる。

 だから、私は言った。

「かつて平安時代の昔、『鳴る』に『御(おん)』をつけて『御鳴る』と呼び、それが時代の変遷(へんせん)のなかで『御鳴(おな)ら』になったのだ。オナラは本来、尊いものだったのだ」

「適当なこと言って、『余白亭』のご主人とおんなじね」
「バカ者。適当ではない。わしは漢字の本を書いておるではないか」
「娘の言うとおりだわ」
 愚妻が溜息をついて言った。

 娘が孫をつれて遊びに来ると、愚妻にこう言うのだ。
「お母さん、お父さんはボケてもわからないから気をつけたほうがいいわよ」
 冗談めかして言っているが、あれは本気に違いない。

 なるほどポカポカ陽気の1日ではあるが、人生、一寸先は何が待っているかわからないということか。

「もう二カ月もすれば桜前線ね」
 と愚妻はノンキなことを言っているが、仏道に説く「無常の人生」を生きていて、「明日」が来る保証はどこにもない。

 オナラによって「一日生涯」という言葉に思いを馳せ、その意味が実感をもって迫ってくるのであった。 

投稿者 mukaidani : 14:40

2011年01月11日

今日は道場の稽古始め

 今日は当道場の稽古始めである。
 偶然だが、今日は「鏡開き」でもある(逆か)。

 鏡開きというのは、正月に年神様にお供えした鏡餅(がかみもち)を砕(くだ)き、お汁粉やぜんざいにして食べ、一家の幸福を願う日本の風習だ(鏡餅とは、大小2つの平たい円餅を重ねたもの)。

 鏡開きの「開く」は「砕く」の意味で、鏡餅には神様が宿っているとされることから、「切る」や「割る」という表現を避け、「開く」という縁起のよい言葉を使うというわけだ。

 ちなみに鏡開きは、正月の終わりと仕事始めを意味する。
 武士はこの日が「具足(ぐそく)開き」で、商家は「蔵開き」、そして農村では「田打ち正月」をして一年の出発とした。

「具足開き」とは、武家にとって大切な具足に供えた餅を、参列者に配るという武家の正月行事を言う(当初は正月20日であったが、この日が3代将軍家光の忌日にあたることから正月11日に改めたもの)。

「蔵開き」は、その年初めて蔵を開くお祝いのことで、「田打ち正月」は田畑に出て二~三鍬(くわ)耕す予祝儀礼。

 武道界における「鏡開き」は、武家の風習にしたがってのことだろうが、私の道場ではやらない。

 特に理由はない。
 暮れの稽古納めのときに、お汁粉会をやるからで、年が明けて、またまたお汁粉でもあるまいと思うからだ。

 それはさておき、今日の稽古始めは寒かった。
 火曜日は、幼児・1年クラスは道場で稽古するが、小学生、そのあとの中学生クラスは、古武道の稽古の関係もあり、臼井南中学校の剣道場を借りて稽古しているのだ。

 道場は暖房がきいているが、中学剣道場はもちろんノー暖房。
 だから寒い。

 子供たちが剣道場に入ってくるなり、
「館長、寒いね」
 と口々に言う。

 魂胆はわかっている。
 稽古よりも、走りたいのだ。

 昨年、12月に入ったころのこと。
「今夜は寒いから走ろう!」
 と言ったのが、思えば間違いのもとだった。

 ちょっと冷え込むと、
「館長、寒いね」
 と、催促する。

「じゃ、15分だけだぞ」
「やった!」

 そして5、6年の女子のしきりで(なぜか女子が強いのだ)、リレーなどして走りまわるといういうわけだ。

 それにしても、子供は遊ぶときの顔がいちばん生き生きしている。
 そんな子供たちを見ながら、
(どういう指導をすれば、あの表情で稽古してくれるのだろうか)
 と、しみじみ思った今夜の稽古始めであった。

投稿者 mukaidani : 22:38

2011年01月10日

新成人に贈る人生訓

 毎月10日は、おふくろの月命日(月忌)で、今日も9時に延覚寺の住職さんがお参りにいらした。

 私も坊さんであるが、私のお経では87歳の親父は納得がいかないのだろう。せっかく「映芳(えいほう)」という有り難い法名で呼んでいるのに、愚妻と同じバチ当たりではないか。

 これが愚妻であれば厳しく叱責するところだが、相手が87歳の映芳爺さんとあれば、そうもいくまい。高齢に免じて大目に見ることにしよう。

 で、お経のあと住職さんを外へ見送りに出ると、艶(あで)やかな振り袖姿のお嬢さんが美容院から出てきた。拙宅のお隣さんが美容院で、今朝は未明の3時から着付けの予約が入るなど、てんてこ舞いだと言っていた。

 しかしながら、艶やかも結構だが、諸般の事情から振り袖を着ることのできない新成人もいるのだろうと思うと、
(なんだかなァ)
 という気持ちになってくる。

 そんなことを思いながら家に入ると、かつて私が担当していた保護観察少年の母親から携帯に電話があった。

「今日、ウチの子の成人式なのでスーツ姿を見てやってください」
 とのことで、近所のファミレスで会った。

 ネクタイを締めたスーツ姿は、なかなか立派なものである。
 笑顔で将来の抱負を語る彼の顔を見ていると、
(人間は変わっていくんだな)
 と、うれしく思わずにはいられなかった。

「頑張れよ」
 と声援を送りつつも、
(努力はもちろん大事だが、人生、思いどおりにはいかないんだよ)
 と言いたい気持ちもある。

 ただ、「思いどおりにいかない」とは、否定的なニュアンスだけでなく、思いもかけない僥倖(ぎょうこう)にめぐりあうということでもある。

 だから、仕事や人生が意に染(そ)もうが染むまいが、腐ってはいけない。笑顔でじっと待っていれば、誰しも「思いもかけない僥倖」は必ずめぐってくるものだから。

『大きい薬缶(やかん)は沸きが遅い』
 ということわざがある。
「度量の大きいすぐれた人物は、ふつうの人間よりも大成するのに時間がかかる」
 という意味だ。

 私のように還暦を迎えてなお、〝沸きの遅い人間〟もいるが、気持ちの持ちよう一つで楽しく人生を送っている。
 案ずることはないのだ。

「人生、あせるな、悲観するな」
 そんな言葉を、新成人の彼に贈った。

投稿者 mukaidani : 12:09

2011年01月09日

「冬の陽気」を憂う

 今日もポカポカ陽気である。
「じゃ、畑でも行くか」
 ということになり、私と、今年から法名の「映芳(えいほう)」と呼ぶようになった87歳の爺さん、それに愚妻、さらに今日は駄犬の「マック爺さん」の3人1匹である。

 駄犬は畑仕事の邪魔になるので、一緒に連れて行くことに私は反対なのだが、愚妻も映芳爺さんも孫のごとく可愛がっている。
 うっかり反対しようものなら、私は轟々(ごうごう)たる非難を浴びるだろう。

 それでやむなく、3人1匹となった次第。

 畑に着くと、
「いい天気じゃのう」
「ホント、冬らしくなくて、いいわねぇ」
 と、マック爺さんの頭を撫でながら、愚妻が映芳爺さんにうなずいている。

「バカ者」
 私は、そのノーテンキぶりをたしなめた。

「冬らしくないことが、どうしていいのだ。冬は冬らしく、夏は夏らしく。これが日本の四季であり、この四季が日本人の勤勉さと情緒、そして自然を育(はぐ)んできたのだ」
「どうかしたの?」
「どうもせん」

 話してもムダだと思いつつ、私は続けた。

「人間も自然も、〝らしく〟ということが何より大切なのだ。男は男らしく、女は女らしく、若者は若者らしく、そして年長者は年長らしく。しかるに、いまの日本は、その〝らしく〟がなくなってきた。まるで今日の日和(ひより)のように、冬なのにポカポカと」
「さっ、マック、散歩しよう」

 鼻歌を歌いながら、愚妻はマック爺さんを散歩に連れて行き、映芳爺さんが、
「お~い、じっとしとらんで、肥料をやらんかい」
 鍬(くわ)を手に、私を呼んだ。

 季節感はいま、確実に失われつつある。
 冬の陽気を、私は憂(うれ)うのだ。
 
 

投稿者 mukaidani : 12:28

2011年01月08日

先輩主催の新年会

 今日は何の日か。

「何の日でもない」
 と言ったら、俳優・千波丈太郎さんに怒られるだろう。

 毎年1月8日は、千波さんが主催する俳優養成塾「千波塾」の新年会で、今年も半蔵門のダイヤモンドホテルで行われる。

 千波さんは拓殖大学の先輩で、悪役で鳴らしたベテランである。一昨年が俳優生活50年の大きな節目だったから、今年は52年目となる。

 毎年8日に開催するのは、「八」という字が末広がりで、縁起がいいというのが、その理由だ。

 しかしながら、私は毎年、出席させていただいているが、1年ごとに確実に歳はとるものの、末広がりの〝恩恵〟に預からないのはどうしてだろう。
 今夜、千波先輩に会ったら、そのへんの事情を訊ねてみるか。

 ところで、私の「運気」に対する持論は、「運」を「はこぶ」と読み、何がはこんでくるかといえば「人」である、と拙著のあちこちに書いてある。

 そういうことから考えれば、新年会など「人」が集まるパーティは、運がドドドッと運(はこ)ばれて来ることになる。

 となれば、末広がり「八」の日の新年会で私が運を拾えないのは、「はこぶ人が悪い」のか、「私の心がけが悪いのか」のどっちかということになるではないか。

 さて、正解はどっちだ。

 実は、そんなことを思ったのは昨夜、温泉健康ランドの露天風呂に浸かっていたときである。

 本来であれば「妙想飛来」で、風呂に入ればいい知恵が浮かぶはずの私だが、時にはそんなことも考えるのである。

投稿者 mukaidani : 09:58

2011年01月07日

幸せは「自分の心」に棲む

 レンコンの煮物、小松菜の煮物、スープ風シチュー、それにクロワッサン。
 今日のブランチである。
 タッパーに入っていて、電子レンジでチンしたものだ。

 昨日から九十九里の仕事部屋に来ているのだが、ここでは料理はしないため、愚妻が自宅から持参したものだ。

 レンコンの煮物にクロワッサンという異質の組み合わせは、そういう理由による。

 で、パクついていたら、テレビで「七草がゆ」を取り上げていた。
 そうか、今日七日は七草がゆを食べる日なのだ。

「おい」
 愚妻に言った。
「今日は七草がゆの日だぞ。しかるに、このメニューは何んだ。もっと日本の美しい習慣を大事にせねばならん」
「だから、小松菜を出しているじゃないの」
「小松菜は七草なのか?」
「らしいわよ」

 気になって、春の七草を調べてみた。
「セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ」
 とある。

「おい、小松菜なんぞ、入っておらんぞ」
「あら、そう」

 これで終わり。
 せっかく今日は「七草がゆの日」だというのに、私はレンコン、小松菜、スープにクロワッサン。
(なんだかなァ)
 の気分なのである。

 ちなみに七草がゆの習慣は、江戸時代に広まったものだ。
 年頭にあたって豊年を祈願するとともに、
「今年も家族みんなが元気で暮らせますように」
 と願いながら、おかゆをいただいたそうだ。

 料理本によると、
「七草がゆは、正月に食べ過ぎた胃に負担がかからず、回復にはちょうどよい食べもの」
 とあるが、これはあとでつけた理屈。
 七草は邪気を払うといわれ、今年一年の健康を祈って食べたのである。

 なるほど、健康は大切だ。
 健康であることが、幸せの基本ともされる。

「とにかく、お金よりも何よりも、健康であることが一番」
 と、私も思ってきた。

 だが、健康であることをもって幸せであるとするなら、不健康な人、病気の人は不幸せということになってしまう。

 そんなバカなことはあるまい。

 健康であろうがなかろうが、「いま在(あ)る自分」を幸せとするのが、本当の意味で幸せではあるまいか。

「健康が幸せである」というのは、間違った価値観であると、レンコンとクロワッサンを頬張りながら考えた。

「健康」を、「お金」や「容姿」「学歴」など置き換えても同じことが言える。

 お金があっても幸せ、なくても幸せ、イケメンであっても幸せ、ブ男であっても幸せ。

 人生は、そうでなくてはならない。

 すなわち「幸せ」は、自分の心に棲(す)むのだ。  

投稿者 mukaidani : 15:40

2011年01月06日

今日は「出初め式」

 今日、1月6日は「出初(でぞ)め式」である。
 起源は江戸時代。
 花のお江戸は火事が頻発し、幕府によって〝火消〟が制度化されていった。

 江戸人の人生観は
「人生、物見遊山」
 というもので、家具などモノを持たず、お金は芝居など遊興につかったとされるが、
「モノを持ったって、火事で焼けりゃ、何にも残らねぇ」
 という思いが、この人生観の背景にあったのだろう。

 だが、火事が頻発したおかげでモノに囚(とら)われず、精神的に豊かな人生を送ることができたのだから、何が幸いするかわからないものである。

 そういえば、おふくろが生前、
「火事は怖い」
 とよく言っていた。

「泥棒はモノを盗るだけだけど、火事はすべてを灰にしてしまうから」
 というのがその理由で、なるほどうまいことを言うと子供心に感心したものだが、いま考えると、これはモノに囚われているがゆえの恐れということになるだろうか。

 ぐるっと人生をひと回りして還暦になったせいか、昔、ひょいと耳にした言葉、あるいは何気なく目にした光景がよみがえってきては、
(なるほど、あれはこんな意味ではなかったか)
 と、いろんなことを考えさられるのである。

 毎年、テレビで「出初め式」のニュースを見ているが、昨年までは、
(フーン)
 という思いしかなかった。

 しかし今年は、
「火事はすべてを灰にしてしまう」
 という、おふくろの言葉を不意に思い出しつつ、
(モノは焼けても灰になるだけですむが、心が焼けたらそうはいかないだろうな。〝心の火事〟だけはくれぐれも気をつけなければ)
 そんな思いが、ふとよぎる。

 いま、午前3時。
 原稿が一段落したところだ。
 風呂に入るか、ベッドに入るか。
 迷いつつ、このブログを書く。
 

投稿者 mukaidani : 02:54

2011年01月05日

今日から「法名」で呼ぼう

 昨日はお墓参りに行った。
 正月もひと息つき、何となくお墓に手を合わせたくなったのである。
「行くぞ!」
「よっしゃ!」

 87歳の爺さんは、畑に行くときも、お墓参りに行くときも、弾んだ返事をする。
 ヒマとは怖いものではないか。

 で、爺さんと愚妻と私とで、クルマで20分ほどの墓園へ出かけた。

 僧籍にある私はもちろんだが、爺さんも、愚妻も、すでに本願寺から法名をいだいている。

 爺さんが『釋映芳』で、愚妻が『釋浄華』だ。

『映芳』とは、親鸞聖人の師である法然聖人が往生されるとき、
「不可思議な光や音楽があたりをつつみ、さらに妙なる香りが映えるように芳しくただよった」
 ということから取ったもので、爺さんはえらく気に入っている。

 で、昨日。

 お墓にお参りしているときも、
「わしの『映芳』という法名はええのう」
 と、感に堪えぬ顔で言うので、
「じゃ、今年から『映芳』と呼ぼうじゃないか」

 私が提案すると、
「ほうじゃのう」
 と喜んでいる。

「ちょっと、ヘンなこと言わないでよ」
 愚妻が小声で言って私のソデを引っ張る。
「バカ者。せっかく法名をいだいているに、死んでから用いたのではもったいないではないか」

 そんな経緯があって、この日から爺さんを「映芳(えいほう)さん」と呼ぶことにした次第である。

 ちなみに愚妻の『浄華』は、「仏さまの座」を言い、蓮(はす)の花をさす。
 蓮は汚泥に根を張って美しい花を咲かせることから、汚泥を煩悩、美しい花を悟りとして用いられる。

 だから阿弥陀如来像は蓮の花(浄華)の上に座し、あるいは立っているというわけだ。

「ということは、だ」
 私が愚妻に言う。

「おまえさんを〝蓮の花〟とし、その上に私が座るという意味になるな」
「冗談じゃないわよ」
「いやいや、大乗仏教の根幹は自利利他にある。自利利他とは、人に奉仕すること自体を、みずからの幸せとするもので・・・」
「ダメダメ!」

 私はあなたに誤魔化されない、と愚妻は首を横に振り、法名では呼ばせないと言い張るのであった。
 

投稿者 mukaidani : 21:19

2011年01月04日

今日は「仕事始め」

 今日、世間は「仕事始め」。
 朝からテレビニュースが、そのことを繰り返し放送している。

 冗談ではない。

 私には「仕事納め」も「仕事始め」もない。
 道場が休みの年末年始はたっぷりと時間があるため、せっせと仕事をしているのだ。

 したがって正月4日ともなると、1カ月以上がすぎた気分なのである。

「私のような働き者が世間にいるだろうか」
 愚妻に言うと、
「年中無休、年中正月でしょ」

 鏡を睨みつけたまま、頭髪をカールしながら言った。

 なるほど、言われてみればそのとおりで、自由業の私は己を厳しく律しなければ「年中正月」になってしまう。

 そこで今年は、私が座右の銘とする「生き方」を徹底することにした。

 私の座右の銘は、
『感謝、慈悲、自然(じねん)、知足(ちそく)、正見(しょうけん)』

 私のオリジナルである。

『感謝』は生かされていることへの感謝。
 感謝の念を抱き、謙虚であれということから「威張るな」「怒るな」と自分に言い聞かせる。

『慈悲』とは「他人の痛みを我が痛みとして感じる心」だ。
 慈悲の心があれば人を責めたり、問い詰めたり、評したりはしないものだ。
 もちろん、その裏返しとして自慢もしてはならない。

『自然(じねん)』は、嫌なことも苦しいことも、悪いこともすべてを「縁」として甘受すること。
 だから、こだわりを捨てる。
 意に染まないからと言って、人を恨んではならない。『自然』という生き方をすれば、不平不満から解放される。

『知足』は周知のように「足るを知る」の意だ。
 私の場合は「我慢せよ」というのとは違う。
 いま〝在(あ)るもの〟のなかに喜びや幸福を見いだすという〝積極的な知足〟である。

 そして最後の『正見(しょうけん)』は、仏教の根本教説である「八正道(はっしょうどう)」から取ったもので、「正しい智慧」という意味だ。

「どうだ」
 カールが終わった愚妻に話して聞かせ、
「今年はこれでいくぞ」
 高らかに宣言したところが、
「好きにして」

 素っ気ないリアクションに、
「なんだ、その言いぐさは!」
 思わず怒鳴りつけてしまった。

 愚妻は「そら、みろ」といわんばかりの顔をして、
「できもしないことは、言わないほうがいいんじゃないの」
 鼻で笑ったから、私は厳しくたしなめた。

「バカ者。できないからこそ、座右の銘をもって己を律しようとしているのではないか」

 かくして今年も本格的に始動したのである。 

投稿者 mukaidani : 10:12

2011年01月03日

「箱根駅伝」を観ながら考える

 昨日、今日と恒例の「箱根駅伝」である。

 結果は早稲田が総合優勝したが、苦しさに歯を食いしばり、根性で襷(たすき)を手渡していく各校の選手たちをテレビで観ていると、やはり胸がジーンとしてくる。

 それに引き替え、テレビゲームに浮かれ、女性アイドルタレントに黄色い声援を送る若者たちの、何と〝軽い〟ことか。

 僧侶の立場から言えば、
「生き方にいいも悪いもなく、人生に軽重はない」
 ということになるが、空手指導者の立場から言えば、歯を食いしばって走りつづける若者に拍手を送りたい。

 いま、バーチャル時代と言われる。
 みずから実体験することなく、格闘も、戦争も、恋愛もすべてゲーム世界で体験ができる。

 汗を流すこともなければ、筋肉が悲鳴をあげることも、苦しさに歯を食いしばることもない。

(それでいいのだろうか)
 箱根駅伝を観ながらそんなことを考えていると、87歳の爺さんが私の横で酎ハイを飲みながら、
「頑張れ、根性じゃ!」
 とテレビ画面に檄を飛ばしている。

 愚妻も、
「あっ、あのコ、遅れたわ。頑張ればいいのにねぇ」
 と、これまた酎ハイの氷をコロリンと鳴らしながら勝手なことを言っている。

 そうだ。
 ゲームに無縁の私たち大人も〝バーチャル世界〟を楽しんでいるのだ。

 野球しかり、プロレスしかり、オリンピックしかり、韓流ドラマしかり。
 自分は汗を流すことなく、茶の間でお手軽に〝バーチャル世界〟を堪能してきたし、いまもしている。

 ゲームに没頭する若者を軽佻浮薄と批判するのは、まさに天にツバする行為ではないか。
 そんな自分に気がついた箱根駅伝である。

 

投稿者 mukaidani : 13:37

2011年01月02日

「予期せぬ偶然」が人生を変える

 今日、1月2日は「書き初め」の日である。

「おい、書道の用意をせよ」
 愚妻に命じようと思ったが、素直に言うことをきくわけもない。
 新年早々、無用の争いを避けるのが賢者というものなのだ。

 かれこれ十数年ほど前になるだろうか。
 私は書道教室に通った時期がある。

「書は一瞬の芸術」
 という言葉に惹かれ、
(よし、これだ!)
 と思い立ったのである。

 油絵など絵画は、何度も重ね塗りをして仕上げていくが、書は一気に書き上げるもので〝書き直し〟がきかない。
 この緊張感に魅力を感じたというわけだ。

 で、さっそく近所の書道教室に通い、市民展覧会に作品を出したり、3段まで進んだところで辞めた。

 愚妻の協力が得られなくなったからだ。

 私が書くときの用意は、すべて愚妻がやっていた。
 筆、墨、半紙、文鎮と愚妻が段取りを整えたところで、やおら私が正座し、一気に書きあげのである。

 そして、私が書きあげた習作を愚妻が書道教室に持って行き、先生のアドバイスを聞いて帰ってきて、それを私に告げるのだ。

 こうして3段まで昇段したところで、
「ちょっと、自分のことは自分でやってよ!」

 内助の功を見事に放棄。
 かくして私は、書道を断念したのである。

 だが人生は面白いもだ。
 書道教室はご夫婦で教えてらっしゃるのだが、愚妻が私の習作を持って教室へ通っているうちに、奥さんとすっかり仲よくなり、今度は愚妻が習い始めたのである。

 そして、いま師範の一歩手前まで来た。

 もし私が、習作を持って書道教室へ行かせなければ、愚妻が書を習うことはなかったろう。

 ここなのだ。

 書道は一例として、かくのごとく人生は、「はからずも」という偶然によって変わっていくということのである。

 今日の延長線上には「今日」しかない。
 今日と違う「明日」は、予期せぬ偶然によってもたらされる。
 いや、「予期せぬ偶然」でしか、もたらされないのだ。

 そして「予期せぬ偶然」は、病気や人生の躓(つまず)きなど、往々にして「望まぬこと」が多いもの。

 だが、その「望まぬこと」が「今日と違う明日」をもたらしてくれるとするなら、私はウェルカムとしたい。
 

投稿者 mukaidani : 13:52

2011年01月01日

「日本の正月」はどこへ行った?

 娘夫婦が孫二人をつれて遊びに来た。
 6歳の男児と4歳の女児である。

「おめでとう」
 舌足らずな口調で挨拶する孫たちに、私がいじわるで言う。
「何がおめでたいの?」

「正月だから」
 男児が当惑しつつ、おずおずと言えば、
「正月は、おめでというって言うんだよ」
 おませな女児がムキになる。

「どうして正月はおめでたいの?」
 私がさらにツッコミを入れると、
「ちょっと!」
 愚妻が眉をつり上げ、台所から小走りに出て来ると、
「正月早々、バカなこと言ってないのよ!」

 我が娘もまた愚妻に呼応して、
「昔からヘソ曲がりなんだから」

 そして、娘の亭主はどっちにも味方できず、曖昧に笑うばかりである。

 さて、正月がめでたいのには二つの理由がある。

 一つは、年神様(としがみさま)をお迎えする時節であること。
 年神様は、農耕民族たる私たち日本人に五穀豊穣をもたらす祖先のことで、大晦(おおつごもり)の夜に各家庭を訪れ、松飾りを取る七日にお帰りなる。

 もう一つの理由は、1月1日は日本人の誰もが「誕生日」であったこと。
 昭和25年以後、日本は誕生日で年齢を数える満年齢となっているが、それ以前は正月をもって一つ年を取った。

 生(せい)あることへの感謝と、齢(よわい)を一つ重ねることへの決意とを「おめでとう」の一語に秘めるのが古来より続いてきた日本の正月で、めでたさのなかの荘厳とでも言うのか、爆竹を鳴らしてお祭り騒ぎする諸外国とは、正月の持つ重みが違うのだ。

 神道的行事ではあるが、宗教云々を抜きにして、日本の習俗と言っていいだろう。

 その日本の正月も、正月らしくなくなったと言われて久しい。
 なるほど、お節の代わりにレトルトのカレーを食べ、宅配のピザを頬ばる元旦に、居住まいを正す雰囲気はない。

 カレーが悪いわけでもないし、ピザもいい。
 ただ、年齢を一つ重ねる「特別の日」が、古来より続いた日本の正月であることを思えば、正月らしくなくなったというのは何を意味しているのだろう。

 日本人が日本人としてのアイデンティーを失ってきた現れ、と言っては言い過ぎだろうか。

 正月が、正月らしくなくなったのではない。
 私たち日本人が変わったのである。

投稿者 mukaidani : 19:01