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2010年12月31日

一年が、ようやく終わる

 今年も今日で終わり。
「やれやれ」
 という気持ちである。

 何が「やれやれ」なのか、自分でもわからないが、「一年」という区切りがなければ、
(人生はしんどいだろうな)
 と思う。

 良くも悪くも一年がたてば、
「明けましておめでとう」
 と、人生をリセットし、
(よし、今年こそは)
 と、新たな一年が始まるのである。

 還暦になったせいか、暦(こよみ)に関心をもつようになった。

 たとえば一月は、旧暦で「睦月(むつき)」。
 正月に家族や親戚がつどい睦(むつ)みあう「むつぶ月」が「むつき」になったとされる。

 あるいは一月七日は「七草」で、これらを食することで一年間の健康を祈念した。

 それが迷信であれ、宗教行事であれ、そこに日本人の「生き方」や「人生」が見て取れるような気がするのだ。

 そんなわけで、明日から、このブログに「歳時記」を織りまぜてみたいと思っているのだが、さてどうなることか。

投稿者 mukaidani : 15:52

2010年12月29日

葬儀で沖縄へ

 昨日は、日帰りで沖縄へ行ってきた。
 古武道総本部「文武館」の仲本政博館長の奥様が亡くなられ、その葬儀に、昇空館の日置理事長と一緒に参列したのだ。

「暮れの忙しいときに」
 と仲本館長は私たちにおっしゃってくださったが、無常の風は暮れも新年もなく、絶え間なく吹き続けている。

 今年もあと2日。
 新年を迎えることを当然のことのように私たちは思っている。
 本当に「当然」なのだろうか。
 そんなことを考えながら読経を聞いていた

投稿者 mukaidani : 10:45

2010年12月27日

『忠臣蔵』で考えた

 年末が近づくと、例によって『忠臣蔵』である。
 先夜も、打ち合わせから帰宅すると、時代劇マニアの愚妻がテレビの前に陣取って『忠臣蔵』を観ていた。

「『忠臣蔵』がそんなに面白いか」
「悪いかしら」
「悪い。なぜなら『忠臣蔵』は、釈迦の教えに反しておるからだ」
「ちょっと、今いいところなんだから、あとにして」
 画面から目を離さずに言った。

 愚妻は『忠臣蔵』、駄犬の〝マック爺さん〟はコタツ布団の上で惰眠をむさぼっている。
 何と幸せな〝妻犬〟であろうか。

 釈迦は、原始仏典『ウダーナヴァルガ』において、次のように説く。

「この世において、怨(うら)みに報(むく)いるに怨みをもってすれば、ついに怨みのやむことはない。堪えしのぶことによって怨はやむ。これは、永遠の原理である」

 あるいは、親鸞の師である法然は九歳のとき、父親が敵対する武士の夜襲を受けて亡くなるのだが、
「親の仇は討ってはならない」
 と、幼い法然に言い残した。
「怨みの連鎖を断ち切れ」と、父親は諭(さと)したのだ。

 武士にとって、仇討ちは義務であった。
 だから赤穂浪士が賞賛されることはわかる。

 だが、現代社会に生きる私たちが、怨みに対して、怨みをもって報いる活劇に胸躍らせるのは、いかがなものであろうか。

『忠臣蔵』が終わって、そのことを愚妻に説こうとすると、
「ダメ」
 と言下にさえぎって、
「うまいこと言ってもダメダメ。私はこれまであなたにかけられた苦労を絶対に忘れませんからね」

 キッとニラんだ。
『忠臣蔵』を観たせいか、私は吉良上野介にされているのだ。

 

投稿者 mukaidani : 12:17

2010年12月22日

風呂で「極楽」の意味が閃く

 湯船につかった瞬間、いろんなアイデアが閃(ひらめ)くことは、再三、ご紹介してきた。

 今朝、自宅の風呂へつかり、
「ああ、極楽、極楽」
 とつぶやいた刹那、
「極楽」
 という言葉について閃いた。

 人生は苦楽と二人づれと言うが、苦も楽も、これは「生き、生かされている」ことの証(あかし)である。

 となれば「苦楽」に感謝し、「御(ご)」をつけて「御苦楽」と言うべきではないか。

 すなわち「極楽」とは「楽が極(きわ)まる」という意味ではなくて「御苦楽」を語源とし、日々の感謝の意味だ。
 もっと言うなら、この世に生きる、そのことが「御苦楽」であるなら、まさに「御苦楽は足下にあり」ということになるのである。

 素晴らしい思いつきと自画自賛したが、頭を剃っているうちに次第に興ざめしてきて、
(くだらいなこと考えてないで、原稿を書かなくては)
 と気持ちが急(せ)いてきた。

 明日、23日は稽古納め。
 今年もまた、あわただしく過ぎようとしている。
  

投稿者 mukaidani : 12:50

2010年12月20日

昼間の空に星を探す

 昨日は、九十九里の仕事部屋へ行こうと思っていたのだが、気が変わって銚子へ行った。
 犬吠埼の京成ホテルに天然温泉の露天風呂があり、それに入りたくなったのだ。

 何しろ目前は太平洋で、遠くに水平線を望む。
 ま、気分は最高ですな。

 で、露天風呂に手足を伸ばし、青空を仰ぐ。
 そういえば、訓練すれば昼間の空でも星が見えるという話を思い出した。

 じっと青空を凝視する。
 眼が痛くなった。
 訓練もしていない私の眼で、星が見えるわけがない。

 納得しつつ、
(しかし)
 と考える。

 眼に見えないだけで、星は厳然と空に在る。

 しかるに私たちは、
「この眼でみなければ信じない」
「この耳で聞かなければ信じない」
 と言う。

「見える」「聞こえる」がいかに不確かなことであるか。

 青空を仰ぎながらそんなことを考えていると、小学生くらいの男の子が露天風呂に入ってきて、私のマネをして空を仰ぎ見た。

「坊や、星だよ、星。見えるかい?」
 そう言ってニッコリ笑いかけると、
「おじさん、星は夜に出るんだよ」
 さとすように言った。

「夢のない子供が多すぎるのではないか」
 風呂からあがって、愚妻にそのことを話すと、
「ちょっと、ヘンなこと教えなかったでしょうね」
 キッとニラんだ。

 夢がないのは子供だけじゃないのだ。

投稿者 mukaidani : 15:32

2010年12月17日

湯呑みで乾杯

 昨夜は、編集者2人と来年の打合せ。
 私は湯呑みで温かいお茶、編集者2人はビールにハイボール。

「そんじゃ」
 と、湯呑みとグラスをカチンと合わせると、グラスはチンと軽やかな音を立てるが、湯呑みの音はくぐもっていて、イヤイヤ音を立てた。

 なるほど、湯呑みは乾杯するものではないということか。
 そう言えば、お猪口(ちょこ)は掲(かか)げるだけで、カチンはやらないな。

 どうでもいいことだが、どうでもいいことが最近は気になる。

 で、帰宅して愚妻にそのことを教えてやろうと、
「おい、湯呑みは乾杯するものではないぞ」
 と告げると、
「バカみたい、当たり前じゃない」

 こんなトゲのある会話によって、夫婦の会話はなくなっていくのだろう。
 仏教本を持って風呂に入り、イチゴを食べて寝た。

投稿者 mukaidani : 16:12

2010年12月15日

道場の拭き掃除

「あと2週間ほどで正月だな」
 小学生の稽古が終わって、そう言うと、
「エエッ!」
 驚きの声をあげたので、私が驚いた。

 子供たちにも季節感が希薄になってきたようで、
「もういくつ寝ると、お正月」
 と、正月を待ちわびたのは、今は昔ということか。

 真冬にアイスクリームを食べ、元旦からカレーを食べる時代であれば、それも当然か。

 私が「あと2週間ほどで正月」と言ったのは〝まくら〟で、このあとに続けて、
「だから道場の掃除を一所懸命やろう」
 と言いたかったのだ。
 道場では、稽古が終わったあと、雑巾(ぞうきん)で床を乾拭(からぶ)きさせている。

 ところが「エエッ!」と驚かれて、そのあとの言葉が出なかったという次第。

 子供たちが乾拭きし始める。
 見ていると、その中の一人、低学年の男の子が雑巾に足を乗せて拭いているではないか。

「コラッ! 足で拭くとは何事だ」

 叱りつけると、その子はキョトンとして、
「ママだって足で拭いているんだよ」

 これには、さすがの私も絶句。
 母親の立場もあるだろうから、「キミのママは間違っている」とも言えず、
「家は家、道場は道場!」
 と教えたのである。

 季節感が遠のき、そして躾(しつけ)も遠のく。
 いい時代なのかどうか、私の頭は混乱するのである。
 

投稿者 mukaidani : 09:53

2010年12月13日

鎮痛剤のアレルギー検査

 今日の午後、大学病院へ薬疹(鎮痛剤アレルギー)の診察に行ってきた。

 鎮痛剤を肌に貼り付け、反応を見るパッチテストの予定であったが、
「先日の血液検査で、かなりハッキリ出ていますね」
 と、陽性反応が出ている〝鎮痛系統〟について説明してくれ、
「パッチテストをするか、あるいは、とりあえず血液反応の結果でよしとするか、どっちにしますか」
 ということだった。

 私は「とりあえず」という言葉が大好きなので、とりあえずパッチテストは中止としたが、このときふと、ある考えがよぎり、そのことを医者に問うた。

「先生、これまで鎮痛剤で薬疹が出なかった私が、あるとき突然に出るようになったわけですね。ということは、逆も考えられるのではないでしょうか。つまり、あるとき突然、薬疹が出なくなるとか」

 医者はジロリと私の顔を見た。
(この患者、屁理屈を言ってやがる)
 とでも思っているのだろう。
「まっ、鎮痛剤を何十年も使わなければ、身体のほうがアレルギー反応を忘れるということはあるでしょうな」
 冷ややかな表情で言った。

(なるほど)
 と私は思いつつも、
「しかし先生、何十年とおっしゃいますが、私はそこまで生きてられないじゃないですか」

 ジョークのつもりで言ったが、医者の立場としては、いわく言い難しで、
「ま、それは」
 とかなんとか語尾を濁し、ムニャムニャと返事をした。

 医者とのやりとりを、廊下で待つ愚妻に教えたところが、
「ちょっと、あんまりヘンなこと言わないでよ。恥をかくのは、あなただけじゃないんだから」
 と、私をニラんだ。

 愚妻はバチ当たりゆえ、私が言わんとする真意が汲み取れないのだ。

 その真意とは、還暦を過ぎれば、もはや「何十年」という言葉が意味をなさないということなのである。

 今年もあと二週間余り。
 光陰は矢の如く過ぎ去っていくのだ。

投稿者 mukaidani : 21:30

2010年12月11日

冬は、冬らしくありたい

 抜けるような青空である。

「よし」
 と思い立って、
「支度だ、急げ!」
 愚妻に命じ、
「行くぞ!」
 畑指南役である87歳の親父に告げた。

 畑仕事を除けば〝小人閑居〟の指南役は、
「おう」
 と、もちろん二つ返事。

 一方の愚妻は、
「行っても、収穫するものはないんでしょう」
 と、現実的なことを口にしてブーイングだが、
「収穫があるから行く、ないから行かないという考えはよくない」
 と詭弁を弄してクルマに押し込んだ。

 ま、実際、畑へ行ってもすることはないのだが、畑のそばに小屋を建て、日中はここに〝常駐〟している「畑大指南役」のSさんがコーヒーを入れてくださり、庭先で歓談。

「いい天気ですなァ」
 と、S大指南役が青空を仰げば、
「ホンマですなァ」
 と、ウチの指南役が空を見上げ、
「師走じゃないみたいですね」
 と愚妻も仰ぎ見る。

 私も何か言わなければと思い、
「真冬に、こんなに暖かくていいんでしょうかねぇ。世界的に天変地異が起こっていますが、ひょっとして正月あたり、大地震でも来るかもしれませんよ」

 愚妻がイヤな顔をした。
 どうやら私は、のどかな会話の腰を折ってしまったようだ。
「しかし、いい天気ですなァ」
 あわてて空を見上げだが、3人とも冷ややかな視線で私を見たのだった。

 昨日も今日も、いい天気だ。
 だが、やはり〝いい天気すぎる〟ような気がする。
 冬は冬らしく、寒さに身体を震わせるのがよいと、私は思うのである。

投稿者 mukaidani : 12:14

2010年12月08日

湯船でイチゴ

 自宅の風呂で、本を読みながら果物を食べるのを楽しみにしている。
 このところイチゴなのだが、イチゴは我が家の駄犬の大好物。
 したがって私が風呂場へ向かうや、先回りして風呂場で〝お座り〟をして待っている。

 いつぞやも紹介したが、駄犬は毛が黒いトイプードルで、「真っ黒」からとって名前は「マック」。ついこの間まで「マッ君」「マッちゃん」と呼んでいたが、老いさらばえたいま、私は「マック爺(じい)さん」と呼んでいる。

 その〝マック爺さん〟の機嫌をとろうと、87歳のジイさんが牛乳をやったり、あれこれ食わせるものだから、体重がこれまでの2倍、8キロの〝肥満ジイさん〟になっている。

 だから飼い主の愚妻は、〝マック爺さん〟の間食を厳しく戒める。

〝マック爺さん〟は風呂場のタイルの上に〝お座り〟をして、湯船でイチゴを食べる私に、
「ク~ン、ク~ン」
 と悲しい声を出してせがむのだが、
「ダメ!」
 愚妻の一喝にビクッとしている。

 だが不思議なことに、「ダメ」と言いながら、愚妻は〝マック爺さん〟を風呂場から外へ追い出そうとしないのだ。

(ハハーン)
 と私は察し、
「では、一つだけイチゴをやろうではないか」
 と、一つだけ噛み砕いて与えた。

〝マック爺さん〟は満面の笑顔(たぶん)で、喜んで食べた。
 ついでに愚妻もうれしそうな顔をしている。

 愚妻としても、〝マック爺さん〟にイチゴを食べさせてやりたいのだが、自分で手を下すのはイヤで、私がやるぶんには「しょうがない」というわけである。

 これを身勝手と取るか、愛情の発露と取るか、意見の分かれるところだろう。

 一つ食べて得心したのか、〝マック爺さん〟は腰を上げた。

「今夜は冷え込むそうだから、しっかり暖まってよ」
 と愚妻は告げて、〝マック爺さん〟と風呂場を出て行ったが、はてイチゴは冬に食べるものだったか?

 そんな思いがよぎった。
 イチゴの旬は5月ではないか。

 そのことに気づくと、湯船に浸かって食べるイチゴが、何やら〝まがい物〟のような気がしてきたのだった。

 これが昨夜のことで、
(よし、今夜からリンゴにしよう)
 と、いま心に決めたところである。
 

投稿者 mukaidani : 16:43

2010年12月06日

子供のジョークに感心

 道場にホワイトボートがある。
 空手だけでなく、稽古を引き金にして知的な刺激も与えることができればと思い、活用している。

 たとえば小学生であれば、
「空手も勉強も集中力が大事だ」
 という話しをしてから、『集中力』という字をホワイトボートに書き、
「集中力とは、力を中に集めるという意味で、〝中〟とは頭の中のことだ」
 と私流の解説をして、
「集中力を高めるには、おしゃべりをしないこと。まず1分、それから3分、5分、10分とおしゃべりの我慢をしていけば集中力はつく」
 と話して聞かせるわけだ。

 で、先夜の稽古。
「準備体操の〝屈伸〟という意味は、〝屈〟と〝伸〟という字の組み合わせで」
 と『屈伸』という字をホワイトボードに書いて説明し始めると、
「館長」
 と小3の男の子が手を挙げて、
「この道場は公文教室ですか?」

 この一言に子供たちがドッと沸いた。

 おかげで〝講義〟はうやむやになってしまったが、それにしても絶妙のタイミングとシャープなジョークに、私は感心するばかりであった。

 小学生、あなどるべからず。
 私は肝(きも)に銘じた次第である。
 

投稿者 mukaidani : 11:12

2010年12月04日

マッサージの割引券

「ちょっと、還暦さん」
 愚妻が昨日から、私のことをそう呼ぶ。

 60歳まで生きてこれたことに感謝するのではなく、面白がっているのだ。
 バチ当たりというのは、まったく度し難いものである。

 しかも、60歳になったその日に市役所の支所に出かけ、マッサージ等の割引使用券を発給してもらってきて、
「次からこれを使って」
 と、私に手渡した。

 私は週一のペースでマッサージにかかっているので、割引使用権は結構なことだが、何も60歳になった当日に渡さなくてもよいではないか。

 これは、あきらかにイヤ味である。

「バカ者、そんなものが使えるか」
 と、威勢よくタンカの一つも切ればいいのだろうが、
「おっ、いいねェ」
 と、思わず破顔していた。

 やっぱり私は還暦なのだ。
 肩ヒジ張らないで生きいくことにしよう。

投稿者 mukaidani : 06:46

2010年12月03日

還暦である

 今日、満60歳を迎えた。
 これからは、書類など年齢の欄に60歳と記入することになる。
 なんだかピンときませんな。

 というより、自分が還暦を迎えるということが、信じられないような気分なのである。

 たとえて言えば、山道を一歩一歩登っていき、ひょいと振り返ってみたら麓(ふもと)は遥(はる)か眼下、といったところだろうか。

「人生は楽じゃない」
 という思いと、
「人生、たいしたことはないな」
 という思いと、二つある。

 これからが、もじどおり晩節。
 どう生き、どう幕を閉じるか。
 朝風呂にドブンとつかり、
(いよいよ人生の正念場にさしかかった)
 と、腹をくくる。

 外は雨。
 私の還暦を祝うように、雨音は次第に激しくなっていく。

投稿者 mukaidani : 06:42

2010年12月02日

酒はヤバイですな

「酒は命をかけて飲むべし」
 いつぞやのブログで、そんなことを書いた。

 酒を飲んで人生を棒に振る人間はいても、飲まないことで躓(つまず)く人間はいない。

 あれは週刊誌記者をやっていたころだから、二十余年ほど前になるだろうか。
「酒で取った仕事は、酒で取られるんですよ」
 ある会社社長が、取材のあとの雑談で、そんなことを私に言ってくれた。

 接待されることを喜び、それによって仕事を発注するような人間は、ライバル企業がそれ以上の接待攻勢をかければ、たちまち手のひらを返すというのだ。

「仕事は能力、誠意、人間性で取るものです」
 社長はそんなことを言った。

 市川海老蔵が泥酔して、妙なことになっている。
 彼に関心などないのだが、連日の報道を見ていて、
「酒ハ命ヲ懸ケテ飲ムベシ」
 という言葉を思い出した次第。

投稿者 mukaidani : 16:38