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2010年08月31日

バチ当たり二人と一匹

 首から左肩にかけて、痛みが走る。
 じっとしていればいが、顔を動かすと痛むのである。

 このことを我が家でアピールすると、即座に反応したのはジイさんである。

「畑を耕してもらおうと思うとったが、無理かのう。これで、わしの畑も終わりじゃ。もう二度と行くこともないじゃろう」
「大丈夫。ちょっと痛いだけだから。あッ、治った」
「ほうか!」
 87歳は、実に老獪(ろうかい)なのである。

「ちょっと」
 愚妻が口をはさむ。
「バカなこと言ってないで、マッサージへ行って鍼(はり)を打ってもらったら?」
「わしは、鍼は嫌いだ」
「あっ、そ。そのかわり、痛いなんて二度と言わないでよ」

 さらに横から12歳の駄犬が、愚妻に賛同するかのようにワンワンと私に吠える。

 愚妻と、老獪と、駄犬と、バチ当たり二人と一匹を相手に、私は今日も生きているのだ。

投稿者 mukaidani : 15:05

2010年08月28日

健康ランドで身体がふやける

 拙著『『成功する人だけが知っている「一万円」の使い方』の出足が好調で、発売5日にして重版決定。

 この出版不況の折り、読者諸兄のおかげだと感謝。

 9月、11月と新刊が予定されているが、こちらもいまから期待しつつ、人間の持つ欲の際限のなさに、我ながら苦笑いしているところである。

 3日間の夏休みなど、あっという間で、結局、温泉健康ランドで終わりそうだ。
 3日連続で、しかも半日健康ランドにいると、さすがに身体がふやけてくる。
 腹がたるんでいるのは、メタボでなく、ふやけたせいに違いない。

「おい、今日は海にするぞ」
 愚妻に告げると、
「一人で行けば」
 トゲのある返事。

「一人で行って溺れたらどうする」
「泳ぎには自信があるんでしょ。前から自慢してるじゃないの」

 やむなく今日も午後から健康ランドである。

 しかし、このブログでも何度か紹介したが、不思議なもので、露天風呂に浸かっていると、いろんなアイデアがひらめいてくるのだ。
 のんびり風呂に浸かるどころか、メモにしておかなくては、湯船と脱衣所を行ったり来たりで、実に忙しいのである。

 明日は、空手「国際松濤館」の全国大会決勝戦があり、昼から観戦予定。
 終わってから関係者と酒席だから、帰宅は深夜か。
 今年の夏も、あわただしく終わりのようである。

投稿者 mukaidani : 11:48

2010年08月27日

「たら」の無意味さ

 仕事も一段落し、遅ればせながら3日ほど夏休み。

 といっても、予定があるわけではなく、九十九里の仕事部屋に来て、ごろごろ寝転がって仏教関係の本を読んでいる。

 海は、すぐそば。
 時間ができたら海に入ろうと思っていたが、いざ時間ができてみると億劫(おっくう)になってくる。

「これが終わったら」
「時間ができたら」
 という「たら」の無意味さを改めて考える。
「遊び」は、忙しいときにするものだ。

『忙中閑』であるべきで、『閑中忙』であってはなるまい。

 さて、風呂へ行って、メシでも食いに行くか。

「おい、健康ランドへ行くぞ」
 愚妻に告げる。
「ハイハイ」
 と、こういうときだけは素直な返事が返ってくるのだ。

 この態度を「素直」とするか、「身勝手」とするか。
 夏休みとは言いながら、いろんなことを考えさせられるのだ。

投稿者 mukaidani : 08:46

2010年08月23日

さて、京都へ

 仏教の勉強会で、今日から京都に2泊3日だ。

 朝、7時に家を出ると電車は超満員。
 これには面食らった。
 今日は、てっきり日曜日だとばかり思っていたからである。

 汗をかくのが嫌いな私は、どこへ行くにも、着替えはたんまり持っていくため、荷物が人より多いのだ。

 だから満員電車では荷物が迷惑だろうと気をつかうため、汗がどっと出てきて気分は最悪。

 腹立たしくなり、東京駅に着いて、すぐに愚妻に電話する。

「おい。なぜ今日が月曜日だと教えないのだ」
「バカみたい」

 バチ当たりな返答に、汗がさらに噴き出したのである。

「いいか、ノンキな生活をしていて曜日がわからないのではない。曜日がわからなくなるほど忙しいのだ」
「じゃ、早く新幹線に乗ったら?」

 愚妻の声が弾んでいる。
 私が留守にするので、やれやれと思っているに違いない。
 何となく不愉快になるのだ。

投稿者 mukaidani : 23:07

2010年08月20日

アサガオが見たくて

 この夏、無性にアサガオが見たくなった。

 で、6月だったか。
「おい、アサガオだ」
 と愚妻に命じて準備させた。

 愚妻はヒモのようなものを組み合わせ、アサガオの蔓を伸ばす簾(すだれ)のようなものをこしらえた(よく見ていないからわからない)。

 ところが、そのことをコロリと忘れ、
「おい、アサガオはどうした」
 と今朝、愚妻に言ってしまったのである。

 女の顔が、あれほど歪(ゆが)むということを、私はこのとき初めて知った。

「ちょっと!」
 あとは書くまい。

 私は、今年は一度も庭に出ていない。
 それほど忙しいのだ。
 アサガオどころではないのだ。
 そのことを丁重に愚妻に告げたところが、火に油。

「だったらアサガオなんて言わなきゃいいでしょう」
「もっともだ。では、秋はコスモスにする。頼むぞ」

「ちょっと!」
 あとは書くまい。

 

投稿者 mukaidani : 09:39

2010年08月16日

さて、家に帰るか

 今日は、保護観察対象者が時間を変えて2人来訪。

 原稿の追込みのときに中断すると、そのあと再開したときに調子が狂うが、彼らに会うのも大事。
 近況について、あれこれ話を聞く。
 それぞれマジメに頑張っていて、特に問題はなさそうで、ひと安心。

 原稿も先が見え、金曜日には脱稿だ(急病とケガさえなければ)。

 九十九里の仕事部屋から海まで5分ほどなので、今年はボディーボードをやってみるつもりでいたが、海どころか、仕事部屋のマンションにあるプールさえ入るヒマがない。

 仏教の勉強もしたいし、空手も古武道も研究したいことが山ほどある。
 9月から、少しずつやっていこう。

 いま午後9時17分。
 自宅に電話する。

「まもなく帰るぞ」
「いいわよ」

 バチ当たりが、なんて返答だ。
 いいに決まってるではないか。
 

投稿者 mukaidani : 21:20

2010年08月15日

パソコンの相次ぐ故障

 一昨日、自宅の自室に置いてあるノートパソコンが故障した。

 昨日、仕事部屋のディスクトップに外付けしてあるバックアップ用のハードディスクも故障した。

 パソコン担当は愚息なので、今日、遊びに来たとき点検させると、
「こりゃ、ダメ」
 とのこと。

「ハードディスクは買って、まだ1年半ではないか」
 私が憤然とすると、
「故障するときは故障するんだ」
「しかし、バックアップが故障したのでは、バックアップにはならないではないか」
「そんなこと、オレに言っても困る」
「じゃ、誰に言えばいいのだ」
「自分で考えたら」
 バチ当たりが、愚妻と同じような受け答えをするのである。

 夕方、無性にカレーが食べたくなったので、愚妻を呼びつけ、近所のファミレスへ行く。

「ノートパソコンと、外付けハードディスクが故障したぞ」
「どうして?」
 例によって単刀直入な質問をする。
「バカ者、そんなこと、わしにわかるか」
「そうね」

 パソコンをめぐる会話はこれで終わり。
 我が夫婦の会話はいつも簡潔で、結論へ一直線なのである。


 

投稿者 mukaidani : 20:12

2010年08月13日

オバマ人気が急落だって

 オバマ大統領の人気が急落。
 景気対策が失敗したのが原因だそうだ。

 大統領就任当時、オバマのスピーチ本とCDが売れ、「小浜市」がエールを送り、「チェンジ!」は日本でも大いにウケたものだが、わずか2年にして、
「バッター三振! スリーアウト、チェンジ!」
 で、ホントのチェンジになりそうである。

「小浜市はどうするのかしら」
 なんてイヤミはともかく、「毀誉褒貶は世の習い」とはよく言ったものではないか。

「おい、あのオバマがアメリカ国民にソッポを向かれたぞ」
「それがどうかしたの」
 愚妻の反応は、相変わらずゆるやかだ。

「気の毒だと言っておるのだ。なまじ〝いい目〟を見たがゆえに、葛藤に苦しむ。人間、平々凡々が一番いいのだ。私のように」
「そうね。オバマさんに言ってあげたら」
 イヤミな女なのである。

投稿者 mukaidani : 13:06

2010年08月12日

墓参り

 今朝、墓参りに行ってきた。

 87歳の親父と愚妻と3人である。

 私が墓前でお経をあげている間、親父は墓に水を掛けたり草を取ったり、せわしいのである。
 この私が、ありがたいお経をあげているのに何たる不謹慎。

 背後の愚妻を見やると、何と日傘を差してボーッと突っ立っているではないか。

 何とバチ当たりな二人であることか。

 お盆にちなんだ仏教の話でもしようかと思ったが、やめた。

「馬の耳に念仏」
 と言うが、なるほど昔の人はよく言ったものではないか。

 しゃくにさわるので、愚妻に手を差し出し、
「お布施」
 と催促したら、その手のピシャリと叩いて、
「さっ、帰るわよ」

 今日も原稿の追込みである。


 

投稿者 mukaidani : 11:04

2010年08月08日

人生の不条理

 人生の「苦」は、「思いどおりにならないこと」にある。
 私が言うのではない。
 お釈迦様がおっしゃったのだ。

 そして、この「苦の正体」を見つけ出したことが、お釈迦さまの偉業の一つとされる。

(すごい発見だ)
 と唸(うな)りつつ、
(そうだろうな)
 と、身にしみてこのことを感じないわけにはいかない。

 私など愚妻との関係において、思いどおりにならないことばかりではないか。
 まさに私は「苦の極地」に生きていることになるのだ。

 昨日、九十九里の仕事部屋に来るクルマの中で、私はそのことを愚妻に告げると、
「お釈迦さんがそうおっしゃってるだけなんでしょう。キリストさんにも訊いてみたら」
 バチ当たりなことを平気で口にするのである。

 そういえば、先日、軽井沢に所用があってクルマで出かけたときのことだ。
 フツーの妻であれば、
「気をつけて行ってらっしゃい」
 と言って夫を送り出すだろうに、愚妻はそんな気づかいは微塵もなく、
「ちょっと、稽古時間に遅れないでよ」
 冷たく言い放ったものだった。

 だが、それでも最近は仏教に興味が出てきたようで、築地本願寺のおあさじ(毎朝7時から行われる勤行)に誘うと、
「行ってみようかしら」
 と言うようになってきた。

 これまでは、
「行ってらっしゃい、ひとりで」
 とフトンをかぶっていたことを思えば隔世の感があるではないか。
 これも夫の教化の賜と思ってくれればいいが、バチ当たりゆえ、思うわけがあるまい。

 昨日も今日も、私は「苦の極地」で原稿書き。
 愚妻は鼻歌まじりで温泉健康ランド。
 人生とは何と不条理であることか。

投稿者 mukaidani : 03:42

2010年08月05日

やっとこさ、子供合宿終了

 当道場の空手子供合宿が終わった。

 今年は例年より少なく、40名ほどだったので楽だろうと安心していたのだが、この猛暑。
 1泊2日とはいえ、熱中症を心配し、ケガを心配し、子供たちのいい思い出になればと、あれこれ気をつかい、まさに気疲れするのである。

 9月は大人の合宿が予定されているが、こちらは夜、懇親会で酒をかっくらえば、みなさん〝いい思い出〟になるので楽だが、子供たちはそうはいかないというわけだ。

 だが、子供合宿で面白い発見もあった。
 子供たちを各班に分け、加点、減点の点数で競わせ、態度がよかったりすれば加点、悪ければ減点するのだが、子供たちがこれに知恵を絞るのだ。

 トイレのスリッパを並べるのはもちろん、部屋のゴミ拾い、他班より早く整列もすれば、荷物の並べ方、使用して汗をかいた稽古着の干し方まで、いかに加点してもらうか、シノギを削るのである。

 小学2年生など、当道場とは直接関係しない食道のスリッパまで並べていた。
 採点は中学生たちの担当で、小学生たちがさかんアピールするのは、見ていて微笑ましいのである。

 と同時に、モチベーションさえ喚起できれば、子供たちは目の色を変えて頑張るのだということも再認識した。

「叱る」のではなく、「競争」「評価」「連帯」をうまく組み合わせることの大切さを痛感した次第。

 子供たちは大人の写し鏡であり、人間の〝原石〟であると思う。
 本当に面白いものだ。

 合宿から帰宅して、夕刻から仮眠をとり、先ほど道場にある仕事部屋に入った。

 8月20日が〆切のデッドラインだと編集者から厳しく告げられている。
 これから猛然とスタート。
 自分で自分のモチベーションを喚起して書き始めるのだ。

投稿者 mukaidani : 20:12