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2010年06月28日

人生、なんだっていいのだ

 土曜日から九十九里海岸の仕事部屋にいる。
 といっても二泊三日。
 明日は帰る。

 クルマで一時間だから、ちょくちょく来ればよさそうなものだが、私は一人では何もできないので、愚妻の都合次第ということになる。

 温泉健康ランドにつかってから、仕事部屋の近くにある店で、冷たい生ビールをキュッ。
 うまい刺身をたらふく食って冷酒をグヒグビ、というのは愚妻だけ。
 酒を飲まない私は定食を食べ、味噌汁をズズズーとすするのである。

 部屋にもどれば、愚妻は大あくびしながらテレビ。
 私はパソコンに向かって、必死でキィーボードを叩くのだ。
 そういえば、昨日は風呂にも入れなかった。

「こんな人生でいいのだろうか」
 思わずつぶやくと、
「いいに決まってるでしょ」
 襖越しに、隣室から愚妻の怒声が響いてきた。

「なんでだ?」
「理由なんかないわよ」
 あくび混じりの大声で返ってくる。

 そうか、こんな人生でよかったのか。

 何がよかったのかわからないが、
「これでいいのだ」
 と思えば、なるほどすべてはハッピーになる。

 考えてはならない。

 太陽は東から昇って西へ沈む。
「なぜ」
 と問うのは愚かなこと。
「そういうことになっている」
 と思えばいいのだ。

 私は愚妻の面倒くさそうな返事に「人生の真理」を読み取ったのである。

 明日は午後一時から都内で打ち合わせだ。
 早めに帰宅して用意をしなければ。

「おい、着物は何にしようか」
「何だっていいでしょ」

 そうか、何だっていいのか。
 私は次第に人生へのこだわりが希薄になっていく自分を意識するのである。

投稿者 mukaidani : 23:12

2010年06月26日

サウナでW杯観戦

 健康ランドのサウナ室で、サッカーW杯を何度かテレビ観戦した。

 外国チームで、タトゥーをしている選手がよく目に着いた。

 どこの健康ランドもそうだが、入れ墨、タトゥーは入場お断りになっている。

 その健康ランドで、タトゥーをしている選手の活躍を観戦するのは、何とも妙な気分である。

(彼らが来日して、健康ランドに入りたいといったら、店はどうするのだろうか)
 サッカー観戦そっちのけで、そんなくだらないことを考えていた。

 我ながら面白い発想だと思い、風呂から出て愚妻にそのことを話すと、
「あなたが心配することじゃないでしょ」

 面倒くさそうに言った。

 確かに、私が心配することではない。
 それはわかっている。
 わかっていながら、あれこれ想像の翼を広げるところに人生の面白さがあるのではないか。

「聞け。想像の翼を広げられないような人生は、無味乾燥なものだ」
「屁理屈なら、よそへ行って話して。私は暑いんだから」

 ムームー調の館内着の裾を、両手でパタパタさせながら言った。

 W杯に無関心なバチ当たりが、ここにいるのだ。

投稿者 mukaidani : 08:55

2010年06月22日

蓼科から帰宅

 先ほど、長野県の蓼科から帰ってきた。

 東急リゾートのコテージが取れたので、2泊3日で出かけたのである。

 温泉もすぐそばにあり、まる2日間をかけて、資料読みを終わらせるつもりであった。

 ところが、コテージは薄暗く、夜はまったく本が読めない。
 日中も、木陰のせいで陽が差さず、薄暗いのだ。
 そうであってこその避暑地なのだろうが、これでは仕事にならない。

 しかも、Eモバイルは電波を拾わないのだ。
 携帯パソコンを持参し、必要なデータをインターネットディスクからダウンロードするつもりでいたのに、これではどうにもならない。

 かくして、仕事においては無為の2泊3日であった。

 帰宅すると、あちこちからメールが入っている。
 仕事も用事も山積で、冷や汗をたらしながら、いまスケジュールを練り直している最中なのである。

投稿者 mukaidani : 15:31

2010年06月19日

浜名湖の転覆事故

 浜名湖で、訓練中のカッターボートが転覆して、女子中学生1人が亡くなった。
 亡くなった女子中学生のご家族の心中は、察してあまりある。

 その一方で、事故究明が始まっている。
 校長の判断、青年の家の判断、曳航方法など、どこに責任の所在があるのかが検証される。

 私は、空手道場で子供を預かる者として、子供の事故が起こるたびに「安全」について考えさせられる。

 私の道場でも、稽古が始まるまで子供同士が組手をして楽しんでいる。
(ケガをしなければいいが)
 という心配と、
(いや、この程度のことはやらすべきだ)
 という思いが交錯する。

 それで、やめさせはしないが、注意深くそばで見守り、安全には細心の注意を払っている。

 しかし、それでも〝事故〟は起こる。
 たとえば稽古のあと、子供たちは雑巾で床を乾拭きするのだが、つんのめって顔を床に打ちつけ、鼻血を出した子供もいる。

 だから稽古中はもちろんのこと、子供たちが道場にいる間は一瞬も気が抜けない。
 それが指導者の責務だ。
 浜名湖の転覆事故は人ごとではないと、自分を戒めるのである。
 

投稿者 mukaidani : 13:16

2010年06月18日

還暦のお祝い

 昨夜は、畏敬する大学の先輩、友人二人、そして某寺のご住職とで、私の還暦を祝ってくださった。

「おめでとう」
 と言って、みなさん、乾杯してくださったが、
 さて、この「おめでとう」は、どういう意味なのだろうか。

 還暦とは、干支(十干十二支)が一巡し、起算点となった年の干支にもどることで、このことから言えば、
「息災で還暦を迎えられてよかったね」
 という意味の「おめでとう」なのだろう。

 となれば「長生き」は「ハッピー」ということになる。

 もっと言えば、20歳より30歳のほうがよりハッピーとなり、50歳より60歳、60歳より70歳、70歳より80歳と、歳をとればとるほどハッピーということになる。
 しかるに、アンチエイジングがブームになり、
「あら、お若いこと」
 と言われて悦に入っている。

 矛盾ですな。

 アンチエイジングがいいのなら、還暦は「おめでとう」と言って乾杯するのは間違いということになる。

「では、献杯を致したいと存じます。このたびは不幸にも還暦をお迎えになり、ご愁傷さまです」
 そして一同、黙して献杯、というのが「正しい還暦」ということではないか。

「おい、どう思う」
 深夜に帰宅して愚妻を叩き起こし、私の疑念を問うと、
「うるさいわねぇ。どっちだっていいでしょ」

 大アクビすると、いま降りてきた階段を、ノロノロと自室へ引き返していった。

 強い。
 愚妻は強い。
 いかに人生に強いかということを、還暦を迎える歳になって初めて気がついた。

(私も、これからの人生、もっと図太く生きなければ)
 と、階段のきしむ音を聞きながら、我が身に言い聞かせたのだった。

投稿者 mukaidani : 15:20

2010年06月15日

〆切りと悪夢

 悪夢にうなされた。
 夢の内容は忘れだが、コワ~イものに追いかけられる夢だ。

 よくあることなので、
(ハハーン、例によって悪夢がやってきたな)
 と悪夢にうなされつつも、脳ミソの一部はしっかりと醒めている。

 で、目がさめて、
(やっぱりなァ)
 と得心するのである。

 〆切りに追われると、悪がやってくるのだ。

 6月初旬に1冊書き上げて原稿を渡し、次の〆切りが7下旬なのだが、ここ数日、所用で執筆できず、あせっている。

 しかも編集者から、
「できるだけ早く」
 という電話も来た。

(悪夢のヤツ、きっとやって来るぞ)
 と、この時点で私はすでに思っている。

 達観である。

 達観すれば、「悪夢」が「友人」のように思えてきて、それはそれで楽しいものである。

 まさに「心の持ちようで、苦は楽に転ずる」ということか。

「おい、マッサージ屋に予約だ!」
 愚妻に命じる。
「どうしたの? 4日前に行ったばかりじゃないの?」
 眉をつり上げて言う。

「バカ者。腹が減っては戦はできぬ、身体が凝(こ)っていては仕事はできぬ。知らんのか?」

「おいおい、どうしたんじゃ?」
 87歳の爺さんが、自室からノロノロと出てきて言う。

「腹が減っては戦はできぬ、身体が凝っていては仕事はできぬ」
 私が繰り返すと、87歳は大きくうなずいて、
「ホンマじゃのう。畑仕事も同じじゃ」

 すると愚妻が、私を見て言った。
「腹が減っては戦はできぬ、身体が凝っていては主婦業はできぬ。これからは、自分のことは自分でやってくださいな」

 現実は、悪夢よりはるかに怖いことを、私は身をもって知らされたのである。

投稿者 mukaidani : 11:32

2010年06月14日

「踏み台」になる人

 知人の知人が大病になった。
 昨年は、経営していた会社を倒産させている。
 ツイていないのである。

 だが、彼を知る人間は誰も同情しない。
 彼は「他人の不幸は自分の幸福」と考えるタイプで、他人を蹴落とすのが大好きなのだ。
 だから同情されないというわけである。

 私は愚妻を諭(さと)す好機だと思った。

「おい、よく聞け」
 夕食の支度をしている愚妻に告げた。

「人間には2種類あるのだ。人を踏み台にして生きようとする人間と、人の踏み台になって生きる人間の2種類だ」
「それがどうかしたの。忙しいんだから早く言って」

 バチ当たりが、私が人生論を始めると決まって醒めた口調になるのだ。

 だが、僧籍にある私は辛抱強く説く。
「おまえにはわかるまいが、幸福というやつは、人の踏み台になって生きる人間に訪れるのだ」
「テーブルの上を片付けて」
「聞け」
「何よ」
「だから、おまえも踏み台になって生きてはどうかと言っておるのだ」
「ちょっと!」

 愚妻が般若(はんにゃ)の形相で振り返った。
「結婚して36年。まだ、あなたの踏み台でいろというの」

 愚妻が私の踏み台であったなど、いまもって信じられない思いで、いまこのブログを書いたのである。

投稿者 mukaidani : 20:42

2010年06月11日

言葉とは重宝なものだ

 一に我慢、二我慢。三、四なくて五に我慢。

 我慢こそ「人生成功」の源(みなもと)で、まさに「辛抱する木に花が咲く」ということになる。

 だけど、調べごとをしていて、仏教用語の《我慢》は、とても悪い意味であることに気がついたのだ。

《慢》は、《自慢》《増上慢》といった使い方をするように、
「オレが、オレが」
 という「驕(おご)り」の意味。

 そして《我慢》の意味は、
「自分自身に執着する心」
 ということになる。

 つまり《慢》を消滅することが「心の安穏」であると仏教は教えるのだ。

 さあ、困った。

「一に我慢、二我慢。三、四なくて五に我慢」
 と、これまで道場で子供たちにハッパをかけてきた私はどうすればいのだ。
 僧籍のはしくれとしては、実にマズイ。

 しばし考えた末に、
(そうだ!)
 と名案が浮かんだ。

「一に辛抱、二に辛抱。三、四なくて五に辛抱」

 こう言い換えればいいではないか。
 言葉とは何と重宝なものであるか、我ながら感心したのである。

 ついでながら、民主党の菅内閣がスタートした。
 言葉の言い換えと同じでなればいいがと、高支持率を横目で見ながら、国民の一人として気になるのである。
  

投稿者 mukaidani : 16:32

2010年06月10日

ホタルを観る

 今夜、愚妻を連れてホタルを観に行ってきた。

 暗闇のなかで、音もなく、澄んだ輝きが、あっちにもこっちにも飛びかうさまは何とも幻想的であった。

「どうだ、見てみろ」
 私は愚妻に言った。
「感動というものが金銭では購(あがな)えぬものであることが、よくわかるだろう」
「あら、金銭だって感動的だわよ」

 現実的な反応に、私はただ沈黙するばかりであった。

 帰宅して、親父にホタルを見てきた話をする。
 87歳は、
「フン」
 と鼻を鳴らして、
「わしが子供のころは、家の中までホタルが入ってきたもんじゃ」
 と得意になっている。

 何だかホタルを見た感動が薄らぐような気分であった。

投稿者 mukaidani : 22:55

2010年06月08日

稽古発表会

 一作日の日曜日、私の道場の稽古発表会を近くの小学校体育館で行った。

 支部からも多くの参加者があり、また保護者の方々も早朝からおいでいただき、空手と古武道の演舞を行った。

 幼児や小学校低学年の演舞を見ていると、
(あんなに一所懸命やっているんだから、稽古態度が少しくらい悪くても叱ったりしてはいけないな)
 と、そんな気持ちになる。

 これはたぶん、「寝た子の可愛さ」と同じで、ワンパク坊主の寝顔を見るときの親の心に通じるものがあるのだろう。

 と同時に、私のように齢(よわい)を重ね、人生経験を経てくると、
(そう思いながらも、やっぱり道場では叱るんだろうな)
 ということもわかっている。

 今日の5時からは、幼児、1年生のクラスだ。
(叱るまい)
 と思いつつ、さてどうなることやら。

 このクラスは〝戦場〟なのだ。  

投稿者 mukaidani : 13:43

2010年06月04日

巧妙な「アポの取り方」

 早寝早起き、原稿書き。
 これをモットーにしてきたが、ここ2週間ほど生活時間は乱れっぱなしである。

 原稿の〆切りに加えて雑用山積で、アゴが上がりそうだ。

 そして、こういうときに限って、余計なアポの電話が入ってくる。

「お時間があればお目にかかりたいのですが」
 と相手が言えば、
「6月中旬まで忙しいので、そのころもう一度お電話ください」
 と断ることができる。

 ところが相手は、
「お時間をつくっていただけませんか」
 と言ったのである。

 これには困った。

「時間があるか」
 という問いかけは、「ある」か「ない」かで答えればよい。

 しかし、
「時間をつくってくれ」
 という問いかけは、
「あなたは、私のために時間をつくってくれる意志がありますか」
 と、私の意志を問題にしているのだ。

 したがって返答は「時間がある」「なし」ではなく、
「あなたの申し出を受けるか、受けないか」
 ということになる。

「お時間をつくっていただけませんか」
「いいえ、つくる気はありません」
 とは言いにくいものだ。

 かくして、相手の巧妙な実戦心理術に搦(から)め取られた私は〝日程交渉〟に引きずり込まれ、雑用を一つ増やしてしまったのである。


投稿者 mukaidani : 01:52

2010年06月02日

白内障の手術から二日目

 愚妻が白内障の手術をしたことをブログで書いたので、多くの知己から電話を頂戴した。

 ありがたいことだが、電話を受けるのは私でなく愚妻である。
 ここに問題が発生する。

「ええ、まあ、大丈夫です、ありがとうございます」
 愚妻は電話に戸惑い、やりとりが噛み合わない。

 それはそうだろう。
 自分が手術したことが、どうして人様の知るところになったのか、わからないからである。

 何人目かの電話で、
「ブログ?」
 愚妻がオウム返しに聞いて、私をキッとニラみつけた。

 ネタバレである。
「誤解だ。決して、おまえをサカナにしているわけではない」
 私は真意を説明したが、愚妻は聞く耳を持たない。

 で、やむなく、私は鳩山サン辞任の弁をマネて言った。
「女房が聞く耳を持たなくなったのは、私の不徳の致すところ。私自身、この職を引かせていただく」

「ちょっと!」
「なんだ」
「うまいこと言って、仕事なんか辞めさせませんからね!」

 白内障の手術のおかけで、どうやら私の心の中もよく見えるようになったようだ。
 これから愚妻を騙(だま)すのは、ますます難しくなりそうである。

投稿者 mukaidani : 13:13