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2007年12月31日

ボヤかず、嘆かず、日々新た

 さて、今年もあと1日。

「だからどうした」

 と問われれば返答に困るが、とにかく良くも悪くも「一区切り」。すべてをリセットし、来年に持ち越さないことが肝要だろう。

 そんなわけで、気分一新を図り、新たにノートパソコンとファックス複合機を購入。30日になって、やっと届いた。

 で、今日。
 仕事場の整理を予定していたが、午前中は保護司として対象者の親と面談、午後は別の対象者本人との面談が入り、夕方は娘夫婦が孫を連れて来るとか……。

 そんなわけで、仕事部屋の整理は明日――正月1日ということになった。
 気分一新で正月を迎える予定だったが、人生、自分の都合どおりいかないものですな。

 ボヤかず、嘆かず、日々新(あら)た。

「今日」は「昨日」の延長であってはならない――と、自分に言い聞かせつつ、新年を迎えることにしよう。

 どうぞ、みなさん、よいお年を。

投稿者 mukaidani : 05:01

2007年12月27日

白色を見たければ、黒色を背景とせよ

 ――「いい女」「いい男」とは、どんな人間を言うのか?

 いまこのブログを書こうとして、唐突にそんな思いが頭をよぎった。

(しょうもないことを)
 と思いつつも、何となく気になって、「いい女」「いい男」のことを考えるが、漠然として答えは容易に見つからない。

 反対に、「イヤな女」「イヤな野郎」なら、いくらでも思いつく。

 電車で化粧する女、媚びを売る女、ジコチューの男、無神経な人間……。

 で、ふと考えた。
(いい女、いい男ってのは、要するにイヤなタイプの反対なんだ)

 当たり前のことだが、私にとっては〝目からウロコ〟。

 つまり、何事も「プラス部分」を探すのは、漠然として答えは容易に見つからないということなのだ。

 ――どんなタイプの女(男)が好き?
 こう訊かれると、
「ウーン」
 と腕組みになるが、
 ――どんなタイプの女(男)が嫌い?
  と訊かれれば、答えはすぐに出てくる。

 ――将来、何をしたい?
 と若者が問われて、
「ウーン」
 と唸るのは当然で、ここは、「何をしたくないか」で考え、その反対が「自分のしたいこと」なのである。

 ――どんな人生でありたいか。
 と「プラス部分」を探して自問するから、袋小路で迷うのであって、ここは「どんな人生でありたくないか」を考えればいいのだ。

 白色は、黒色を背景にすることで見えてくる。
 しかるに私たちは、黒色を置かずして、白色を見極めようとする。

 見えないものを見ようとするのだから、悩むのは当然だろう。

投稿者 mukaidani : 22:30

2007年12月25日

畑で「自民党丸」について考えた

 今朝、例によって、親父、女房と3人で畑へ出かけた。
 10日ぶりである。
 忙しがってばかりいてカッコ悪いのだが、ま、畑まで手がまわらなかった次第。

 年内最後の収穫とあって、親父も女房も張り切っている。
 白菜がうまく巻いているかどうか――ここがいちばん気になるところで、
「種を蒔く時期が遅かったけんのう」
 と、我が家の〝畑マイスター〟である84歳の親父が、しきりに予防線を張っている。

 で、どうだったか。
 巻いていたのである。
「おう、これだけ巻いとったらじゅぶんじゃろう」
 と〝畑マイスター〟は自画自賛していたが、私がそっと女房に訊いたところでは、「何とか巻いている程度」であった。

 自画自賛するセリフを聞いていて、釣りに行っていたころを思い出した。
「投げ釣りじゃけんのう。これだけの大きさじゃったら、じゅうぶんじゃろう」
 冬場のカレイ、夏場のキスを釣ったとき、当時は〝釣りマイスター〟を自認していた親父は、私にそう自画自賛して見せたものだが、虚(むな)しい響きは否めなかった。

 それを思い出しつつ、物事を「都合よくとる」という私の性格は、
(親父譲りではないか?)
 と、畑でふと思った次第である。

 畑へ向かうクルマのなかで、原油高騰の話が出た。
 親父も女房も、さかんに自民党を批判していた。
「選挙をやったら、自民党は大負けするけん」
 と、自民党びいきだった親父が言い、女房が同調する。 
 薬害肝炎の議員立法についても、「人気取りだ」とバッサリ。

 なるほど、このままでは自民党は沈没するだろう。

 だが、私たちが肝に銘じるべきは、「自民党」が失政したのではなく、「自民党議員」が失政したということである。
 悪いのは「自民党丸」を操船した乗組員(議員)なのである。
 そこを忘れて自民党批判をするのは、的外れと言うものだろう。

「自民党丸」が沈没すれば、乗組員たちは新たな船に乗り換え、自民党丸を遭難させたことは頬っかむりすることだろう。

 かくして、政治家の誰も責任を取ることなく、時代は過ぎていくのである。

 白菜が巻いているかどうか、一喜一憂している場合ではないのだ。

投稿者 mukaidani : 00:10

2007年12月20日

自宅にいて、自宅に電話を掛ければ……。

 原稿の追い込みで、自宅で執筆することが多くなっている。
 自宅だと、風呂に入ったり、仮眠をとったりするのに都合がいいからだ。道場にある仕事部屋は、資料がそろっていて便利なのだが、〝追い込み〟なら、やはり自宅である。

 ただ、私の部屋は2階なので、コーヒーを飲みたくなると階下に降りていかなければならない。カミさんに頼もうとしても、階下では声が届かないし、届いてもシカトされてしまうだろう。

 で、二階からケータイで〝自宅〟に電話を掛ける。
 私の部屋にも子機があるのだが、操作がわからないからである。

 ところが、そのうちカミさんが電話に出なくなった。
(おかしいな)
 と思いつつ、階下に降りていくと、カミさんがお茶などすすりながらテレビを見ている。

「なんで電話に出ないんだ」
「あら、鳴ってた?」
 トボケている。

 で、本日。
 居間でお茶をのでいると、電話が鳴り、受話器が娘の名前を連呼した。
(そうか!)
 疑問は一瞬にして氷解した。
 私のケータイが登録されていて、
「お父さんです、お父さんです……」
 と電話が告げるのだ。
 どうりで、カミさんが出ないはずである。

 考えてみれば、私が携帯電話から自宅に掛け、私が自宅にいてそのコール音も、〝連呼〟も聞くことはない。不覚にも、そのことに気づかなかったのである。

(なるほど……)
 妙に納得した次第。

投稿者 mukaidani : 14:22

2007年12月17日

桝添サンを「他山の石」とせよ

 厚労相の桝添要一サン、ピンチですね。
 例の「消えた年金の照合問題」です。

「3月までに照合を終えてみせます」
 と言い切り、
「さすが桝添。実行力が違う」
 と国民を期待させておきながら、
「やっぱり無理ですな」
 と涼しい顔。

 しかも、公約違反だと批判されるや、
「3月が終わればすべて年金問題がバラ色の解決ができているという誤解があった。『3月までに全部片づける』とは言っていない」
 と居直るんだから、「おいおい、ちょっと待ってくれよ」――である。

 私は『「できる男」の話し方』という本を書いているが、その著者として言わせてもらえば、こんな居直りは「できない男」の典型である。

 なぜなら、誰一人として、
「桝添の言うことも一理ある」
 とは思わないからである。

 むしろ逆効果で、「3月までに片づけられない」ことよりも、「居直り方」が批判されているのだから、愚かなことである。

 ここは真摯に、誠意をもって謝ればよかったのだ。
 誠意をもって謝れば、
「桝添って、けっこう信用できるじゃん」
 という評価になるのである。

 いつも言うことだが、批判や怒りは、失敗したそのことよりも、言い訳に対してなされるものなのだ。なぜなら言い訳の根底にあるのは、「自分は悪くない」という自己主張であるからだ。

 ところが、凡夫はそこがわからない。
 言い訳をし、自己正当化を図ろうとする。
 そして、正当化しようとすればするほど「否定化」になっていくのである。

 たとえて言えば、北海道に行くつもりでいながら、九州に向けて必死で自転車のペダルを漕いでいるようなもの。努力すればするほど、「目的」から遠ざかっていくのである。

「オレ、ちっとも悪くないんだよ」
「えッ? 誰が悪いの?」
「誤解した国民に決まってるじゃないの」
「じゃ、謝るのは国民ってこと?」
「論理的にはそうなるね」
「桝添サン、誤解して申しわけありませんでした」――なんてことになるわけがないのである。

 桝添サンをもって「他山の石」とすべし。

投稿者 mukaidani : 07:03

2007年12月15日

痛風の発作で悟る「人生の不条理」

 胃痛がようやくおさまってきたと思ったら、今度は痛風の発作である。

 未明――朝け方の4時ころから、右足の親指の付け根が痛くなった。
 何度か経験しているので、すぐに痛風の発作とわかる。以前、医者で処方してもらったクスリが残っているので、すぐにそれを飲む。

「痛タタタタ……」
 と弱音を吐きつつ、日中はベッドで安静にしていたので少し良くなったのだが、夕刻、調子に乗って道場に出たのがまずかった。

 出れば、足を引きずりつつも、ついつい指導してしまう。おかげで親指の付け根は大きく腫れてあがってしまった。今日の昼、銀座で打ち合わせがあり、果たしてクルマを運転していけるのかどうか、いまアセっているところだ。

 それにしても、である。
 酒をやめ、畑をやっていることから肉食を極力避け、野菜中心の食事にしているというのに、痛風とは何事であるか。
 それに腹が立ってきた。

 昨夜(正確には一昨夜)、某出版社の編集長氏と、来年執筆の打ち合わせを兼ねて食事をしたのだが、酒豪の編集長氏は酒をグイグイ。バイタリティーの塊のような男で、いたって健康。
 ところが私は、お茶をすすりながら節制しているにもかかわらず、帰宅して痛風の発作である。

 理不尽ではないか。
 あまりに理不尽である。
「痛タタタ……」と唸りつつ、私は痛風を通して〝人生の不条理〟というものを、しかと悟ったのである。

投稿者 mukaidani : 00:16

2007年12月12日

橋下氏の府知事選出馬で思う「男の一言」

 弁護士でタレントの橋下徹氏が、大阪府知事選に立候補を表明した。
「絶対に出ない」から一転、「出る」に変わったことから、何となく釈然としない気分でいるのは私だけではあるまい。

 私の周囲の人間も、
「出ないと言っておきなかがら、何だ」
 と、手厳しい感想が多い。
 橋下氏が府知事として適任かどうかという〝本質論〟よりも、前言を翻(ひるがえ)したことにこだわっているのだ。

 小沢一郎民主党代表が〝辞意会見〟を開いておきながら、一転、代表の座にとどまったときも、同様の批判があった。
「辞めると言っておきながら、何だ」
 というわけである。
 小沢氏が画策した大連立構想の是非よりも、前言を翻したことに対して批判が集中したのだ。

 ここに私は「日本人のメンタリティー」を観る。

 つまり「男の一言(いちごん)」というやつである。
「証文があろうがなかろうが、男がいったん口にした言葉は死んでも履行すべき」
 という価値観である。

 かつて、あるヤクザが金銭貸借の証文を要求されて、
「わしの言葉以上の証文があるのか」
 と居直ったというエピソードがあるが、これが日本男児の矜持であり、西洋の「契約至上主義」とは違う日本の美徳であると、私は思っている。

 だから、「出ないと言ったじゃないか」「辞めると言ったじゃないか」――という一言(いちごん)にこだわり、前言撤回には釈然としないのである。

 だが、「男の一言」で生きるのは窮屈だ。
 前言など、さっさと撤回して気楽に生きるのもまた、人生である。
 どっちを是とするか、それは人生観の問題だ。

 だが、あなたは「一言を貫く人間」と、「前言を撤回して気楽に生きる人間」と、どっちを信頼するだろうか。

 私は、他人に対しては、
「前言など、こだわらんでよろし。さっさと撤回して気楽に生きなさい」
 と勧めるが、自分自身の生き方としては、一言を貫く人間でありたいと願っている。

 やせガマンと言われればそれまでだが、「男の意地」とは所詮、やせガマンのことなのである。
 

投稿者 mukaidani : 16:39

2007年12月10日

女将の話に、ハタと膝を打つ

 昨夕、馴染みの鮨屋へ顔を出した。

 馴染みと言っても、クルマで30分以上かかるので、時間があるときでなければ行けない。原稿が溜まっていて、ノンキに鮨屋どころではないのだが、昨日は午前中に畑へ行き、午後から保護司の仕事で家庭訪問をしたりで、とても執筆できる気分ではなく、
(おっ、そうだ)
 と思い立ち、女房と出かけた次第。

 で、鮨屋。
 女将さんが、おもしろい話をしてくれた。
 たとえば、百人前の鮨を頼まれるとする。
 準備をし、手順を整え、握り始めたところへ別口から2人前の出前注文が入る。
 断るのも悪いし、2人前くらいならどうってことないと思って、注文を受けると、
「さあ、これが大変。手順が狂って大混乱になるんです。100人分を握るんだから、たかが2人分の追加なんて、どうってことないと思うでしょうが、そうじゃないんですね」
 と、経験談を話してくれた。

 これに、私はハタと膝を打って、
「いまの話、よく覚えておけ」
 と女房に命じた。

 と言うのも、私が原稿を書いているときに、
「晩ご飯、どうするの?」
 ノー天気に声をかけてくるのだ。
「いま原稿書いてるから、あとにしろ」
「なによ、返事くらいしたっていいじゃない」
「うるさい!」
 ここで思考が中断。再びエンジンがかかるまで時間を要することになる。

「わかったろう? いま、女将さんが言ったのと同じで、たかが数秒であっても〝割り込み〟があると手順が狂って……」
「冷酒のお代わり、お願いします!」
 女房の思考回路に割って入る隙は、ないのだ。
 
 

投稿者 mukaidani : 15:11

2007年12月07日

年の瀬になって、胃痛と鼻づまり

 胃痛と、鼻づまりでまいっている。
 
 胃痛の原因は、雑事に追われ、じっくり原稿を書く時間がないことへの苛立ちだろうと思っている。
 原稿もハウツーものであれば、項目ごとに書けばいいので、執筆時間は細切れでもいいのだが、時代小説となればそうもいかず、苛立っているという次第。発売日をすでに2カ月遅らせてもらっているので、ヤバイのである。

 それでも今朝は、胃痙攣のような痛みが1時間ほど続いたので、念のため病院に行くと、旧知の若い医師がいつもの爽やかな笑顔で、
「胃カメラ、飲んで見ます?」
「またにしましょう」
 カメラは撮るものであって、飲むものではないのだ。

 鼻づまりは、どうやらアレルギーのようだ。
 春先の花粉症に加え、晩秋のアレルギーとなれば、1年の半分以上は鼻づまりに苦しむことになる。これもヤバイのである。

「うまくいかないのが人生」
 というのが、私の大好きな言葉だが、これから原稿の〝追い込み〟にかかろうというときに、ドドッと押し寄せる雑事と鼻づまり。確かに人生は、うまくいかないもののようである。

 来年は某社で、歴史小説を書く。
 そのため資料の読み込みを始めているが、鼻がつまると根気が続かず、遅々として進まない。
 他の執筆も同様で、それを編集者諸氏に告げると、
「鼻づまり? そうですか、大変ですね」
 ニコニコ笑顔で、
「〆切、お願いしますよ」
 ガツン、と〝五寸クギ〟を刺す。
 胃が痛くなるのも道理である。
 

投稿者 mukaidani : 15:05

2007年12月05日

孤独死、大いに結構ではないか

 老人の「孤独死」が社会問題になっている。
 今朝もテレビのワイドショーで、独居老人が人知れず亡くなっていたことを〝悲劇〟として報じていた。

 だが、「孤独死」は悲劇なのだろうか?

 もしそうだとすれば、子々孫々に看取られ、賑々(にぎにぎ)しく死んでいくことが〝幸せ〟ということになる。

 そうではない、と私は思う。
 人間は、生まれるときも死ぬときも「独り」なのだ。
 どんなに賑々しく看取られても、死ぬときは「独り」なのだ。

 経典『仏説無量寿経』のなかに、
《人在世間愛欲之中 独生独死独去独来》
 という言葉がある。

「人、愛欲の中にありて独(ひと)り生まれ独り死し、独り去り独り来(きた)る」
 と読む。

 すなわち私たちは、生まれるときも死ぬときも「独り」で、その苦難と立ち向かわなければならない――と釈迦は説くのだ。

 病気になって苦しいからといって、人に代わってもらうことはできない。 自分で立ち向かうしかないのだ。それと同様に、人生は「独り」で生き、死んでいくのである。

 こんなことを書くと、何やら暗~くなってくるが、そうではない。

「人生は独り」
 という肚(はら)のくくりがあって初めて、人生は明るく生きられるものと、私は思っている。
《ぶらり瓢箪(ひょうたん)、独りぼち》
 という言葉があるが、独りでぶら下がっているんだという厳然たる自覚があってこそ、燦々たる陽光を楽しむことができるのではないだろうか。

 老人の「孤独死」が社会的問題になる本質は、独居老人にあるのではなく、私たち社会の〝贖罪意識〟にあると、私は受け取っている。
 孤独死する独居老人が悲惨であるとする意識の根底には、
「そういう社会を生み出した私たちが悪いのだ」
「私は孤独死はいやだ」
 という思いが――各人は意識しないまま――あるように、私は感じる。

 その意識は貴いとしながらも、私は一方で、
「人生は独り」
 という真理を噛みしめるべきだと思う。
  
 孤独死、大いに結構ではないか。

 そう肚をくくれば、日々は楽しくなる。

《独生独死独去独来》――「どくしょう、どくし、どっきょ、どくらい」。

 いい言葉だ。
 さすが釈迦さんにして、この言あり、といったところか。

投稿者 mukaidani : 13:09

2007年12月03日

我が誕生日に抱く感慨は……。

 今日は、私の誕生日だ。

 57歳になった。

「だからどうした」
 と、突っ込まれれば返答に詰まるが、ただ一つ言えるのは、歳をとるのが嬉しいということだ。

 理由は、加齢と共に、これまでのように頑張らなくてすむからだ。
 肩肘張って生きていくこともないからだ。

 こう言うと、知人の中でもやさしい人は、
「これまで頑張ってきたからだね」
 と頷いてくれるのだが、口の悪い連中になると、
「頑張らなくてすむ? 頑張ってきたみたいなこと言うじゃないか」
 バッサリと一刀両断である。

 ま、頑張ってきたかどうかはともかく、歳をとるというのは、次第に肩の荷が降りていくような感覚がある。
 そして、その感覚から半生を振り返ってみると、
(人生、たいしたことないな)
 という感慨を抱く。

 楽しいことも、つらいことも、焦燥も、満足も、結局、「一瞬の光陰」であるということが、実感をもってわかってくるのだ。

 ひらたく言えば、
「人生、たいしたことないな」
 という思いである。

 そんな目で、道場の子供たちや、私が担当する保護観察処分の若者たちを見ると、
(たいしたことない人生だからこそ、思い切り生きるんだよ)
 と言ってやりたくなる。

 勉強して一流校を目指すのもいいし、カネを稼ぐのもいい。出世競争にあくせくするのもいい。
 何だっていいのだ。
 そして、人生の幸不幸とは、走って、走って、走った先に何をつかみ取るか、「走ったあとの感慨」を言うのだろう。

 私は57歳まで走ってきて抱く感慨は、「千畳敷に寝ても一畳」である。

投稿者 mukaidani : 12:25

2007年12月01日

沖縄で古武道審査会

 昨日、沖縄「文武館総本部道場」で古武道の段位審査会があり、我が昇空館の大人会員10余名に同行して、いま沖縄に泊まっている。

 幸いにも全員昇段。
 みなさん相当に緊張していたせいで、昨夜の祝杯はとても賑やかだったが、誰より緊張していたのはこの私。ひと安心である。

 今日は午後から演舞会があり、明日、最終便で帰る。
 その一方、あれやこれやと用事が多くて原稿が進まな。明日は早く帰宅すべく、朝一の便に変更するようウチの担当者に言うと、「ツアーのチケットだから変更は不可」とのこと。

 仕方ない。明日はチェックアウト後、空港へ直行し、最終便まで原稿書きと資料読みをするか。

投稿者 mukaidani : 10:14