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2007年10月29日

親父とヘルメット

 昨日の日曜日は、佐倉市空手道大会があった。

 参加選手数は幼児から一般まで千葉県下から570名。審判員50名、補助役員50余名という大きな大会で、9コートで熱戦が繰り広げられた。

 と言っても、私はただ本部席に座って、教育長や体協会長、来賓の方々と世間話をするだけ。佐倉市空連は理事長以下、優秀な人材がそろっているので、私のような役立たずは、接客していればいいというわけである。

 それでも、ただ座っているのも疲れるのである。
 大会のあと健康ランドへ行って湯船で手足を伸ばし、夜はぐっすり寝たのはいいが、朝、寝過ごすところであった。

「おーい、行かんのか!」

 階下から親父が呼ぶ声で飛び起きたという次第。

 今朝は、野菜に防虫ネットをかぶせるのだ。先日、オヤジが得意になって防虫ネットを買ってきたので、それをかぶせたのだが、
「あれは夏用じった」
 と親父。
「今度はええぞ、冬用じゃけん、保温もええんじゃ」
 また得意になっているので、今朝、畑に行く約束をしていたのである。

 で、出かける間際、親父の部屋を何気なくのぞくと、テーブルの上に白いヘルメットが置いてある。

「なんだ、それ?」
 私がきくと、親父はニヤリと笑って、
「地震が来たときのヘルメット。夜、ここに置いて寝とるんじゃ」
「フーン」
 手にとって見て驚いた。
「なんじゃ、これは。花を植える鉢じゃないか」
 プラスチックの鉢をヘルメットに改造したものだったのである。

「ないよりはええじゃろ」
 親父は得意になっているが、もし地震が起こって、家の崩れたガレキの下から、プラスチックの鉢をかぶった年寄りが見つかったら、世間はどう思うだろう。
 息子として、親父を粗末にしたようで、カッコ悪いではないか。

 私はすぐカミさんを外に呼んで、小声で言った。
「畑から帰ったら、ヘルメットを買ってこい」
「ヘルメット?」
「いいから買ってこい。ちゃちなのはダメだぞ」

 それで本日、親父にヘルメットをプレゼントした。

 84歳になってなお、地震へのこの備え。
 枯れるどころか、人間、何歳になっても生への執着があるんですな。

(俺もそうなるのだろうか)
 ふと考えさせらた次第。

 

投稿者 mukaidani : 22:51

2007年10月27日

謝罪会見は、亀田興毅の判定勝ち

亀田興毅の記者会見をテレビで見た。

 興毅の判定勝ちである。

 取材記者が「正論」で詰問し、興毅が「情」で応対したからだ。

「反則を指示したのかどうか、そこが大事なんです!」
 取材記者はヒステリックに追求したが、相手は20歳の〝子供〟。
(そこまで責めて、どうするんだ)
 と思ったのは、私だけではあるまい。
「指示した」と視聴者の誰もが思っているのだから、これでは記者が悪役になってしまう。

 むしろ、
「オレらの中では、世界一のおやじだと思ってる」
 と涙をこらえた興毅に同情が集まり、会見に出席しなかった父親への批判は影を薄めた。

 もちろん、亀田ファミリーへの批判は依然として強く、あの記者会見は茶番だとする人も多いだろうが、同情票を集めたこともまた事実だろう。

 日本人は「情」に弱いのだ。
 それは、「惻隠(そくいん)の情」が武士道の中核をなしてきたという歴史が、日本人のメンタリティーに大きく影響しているからだと思う。

「惻隠の情」とは、簡単に言えば「敗者への思いやり」のことで、日本人は敗者に対して居丈高な態度を取ることを潔しとしないのである。

 私が興毅の判定勝ちとするのは、そういう意味であって、興毅の言い分を認めたということではない。

 ついでに、亀田ファミリーの父親について言っておけば、今回の一件は〝渡りに船〟だったかもしれない。

 つまり、これまで父親が表に出るメリットは、「亀田ファミリー」というウリにある。ワル一家の印象も、ファミリーの結束に大きく貢献している。

 だが、亀田ファミリーが有名になってからは、父親の課題は「いつ表舞台から引くか」にある。

 つまり、亀田ファミリーのビジネスということから考えれば、ウラで動き、画策するのが賢明で、ファミリーの長たる父親が表舞台に居続ければ、コトが起こったときに矢面に立たされる危険がある。
 今回が、まさにそれである。

 ところが、ライセンス無期限停止で、表舞台に立てなくなった。
 これからは、否応なくウラで動くことになる。
 むしろ、父親にとっては結構なことではないか。興行やグッズ販売など、ビジネスをするのにボクシングのライセンスは不要であり、違法行為さえしなければ、表舞台にいないのだからバッシングされることもないのだ。

 貧乏くじを引くのは金平会長だろう。

 亀田ファミリーのワガママが続けば、彼が板挟みになり、結局、ババを押しつけられることになってしまう。

 金平会長は色気を出さず、亀田親子とは手を切るべきだったと思う。「ボクシング界の将来」という大義により、毅然たる態度を示せば、名門ジムの名声はさらに高まったろう。

 興行価値があるのはわかる。
 亀田ファミリーが〝復活〟すれば、うまみはある。
 だからこそ、亀田ファミリーと手を切れば、「さすが協栄ジム」と評価されるのだ。

 協栄ジムの将来にとって、そのほうがよかったのではないかと、私は思うのである。

 

 


 だが、もしそんな皮算用をしたとしたら墓穴を掘ったことになるだろう。

投稿者 mukaidani : 14:06

2007年10月26日

正論の沈黙と、人間の弱さ

 私は保護司をしている関係で、非行少年たちと接する機会が多いのだが、彼らに共通していることは、グループに流されるということだ。タバコ、酒、シンナー、万引き……等々、悪いと知っていながら、グループ内で話が持ち上がると、引きずられてしまう。

「意志が弱い」
 と決めつけるのはたやすい。

 実際、意志は弱いのだ。

「そんな誘い、断ればいいじゃないか」
 と言うのも正論だ。

 だが、断れない。

 なぜか。

 それが「悪いこと」であるからだ。自分だけいい子になることへの後ろめたさ──ここに誘いを断れない人間的な弱さがある。

 大人の世界も同じだ。
 みんなで仕事をサボっているときに、
「それは悪いことだ。働こう」
 とは言いにくい。

「出張費をごまかすのはやめよう」
 とは主張しにくい。

 正論は、正論であるがゆえに人は口を閉ざす。

 正しいことは、正しいがゆえに人は黙認する。

 人間の心って、弱いもんだ。

 そのことを友人に話すと、まじまじと私の顔を見て、
「五十代も半ばになって、いまごろ気づいたのか?」

 悪かったな、バカヤロー。

投稿者 mukaidani : 23:58

2007年10月24日

鍬(くわ)を振るって、悟りの境地?

 無心になって畑を耕す――というのはウソである。

 少なくとも、私はそうだ。

 畑を始めて一年半。
「無心になって大地に鍬(くわ)を振るう」
 という心境にあこがれ、期待をして鍬を振るうのだが、一向に無心にならないのである。

 無心どころか、時代小説のストーリーを考えたり、空手のことを考えたり、仏教のことを考えたり……と、いろいろなことが頭をよぎり、普段よりも深く考え込んでしまうのである。

 で、今朝も畑へ行った。

 いつもは五時半に家を出るのだが、昨夜、ふと出発時間に疑問を抱いた。
(何で五時半なんだ?)

 夏場は陽射しを避けるために、早朝に行くのであって、早朝自体に意味はないではないか。

 オヤジも女房も私も、ヒマ人3人が、何を好きこのんで薄暗い早朝に、しかも肌寒い思いをしてまで行かねばならんのか。クルマで20分。そういえばヘッドをつけていたっけ。

 そこに思い至らず、先日は量販店で〝耳覆い〟がついた帽子を買ったばかり。「五時半」という固定観念ゆえのミスであった。

 かくして「五時半」に何の意味もないことを判然と悟り、今朝は7時半に出かけた。

 で、無心の話。

 今朝も鍬を振りながら、今日――毎週水曜日が〆切になっている『漫画ゴラク』の連載エッセイ(「男の兵法」)の内容を考えていた。

 無心になんか、なれないのである。

 で、私はさらに悟った。

 鍬を振るって無心になるとは、鍬を振りつつ、「考え」や「思い」に意識が深く集中するという意味ではないのか……。

(そうだ、そうに違いない!)

 かくして、畑と格闘すること一年半を経て、その「真理」に目覚めたのである。

 仏陀(ブッダ)とは、インドのサンスクリット語で「目覚めた人」「悟った者」の意味だ。鍬を振るうことによって、「無心」の意味することを悟った私は、ひょっとして仏陀になったのではあるまいか?

 僧籍としては、末席の末席の場外だが、末席の場外にいて、私はついに仏陀になった――なんてことが、あるわけないか。

 

投稿者 mukaidani : 14:42

2007年10月22日

人格完成の道は、遙か千里

 ここ何回か、あえて時事ネタを避けてきた。

 話題持ちきりの亀田一家についても、赤福についても、防衛省の守屋前事務次官についても、論じる気がしなかった。

 なぜなら、すべて自業自得の結果にすぎないから。

 亀田一家が社会から糾弾される本質は「人格」であって、試合での反則行為は引き金に過ぎない。誰が悪いのでもない。自分たちが天に向けて吐いたツバが、当然の結果として、自分たちの顔の上に落ちてきただけのことなのだ。

 赤福だって、商品偽装がバレて、墓穴を掘っただけのこと。

 守屋某にしてもしかり。業者へのたかりがバレて、ヤバくなっただけのこと。

 自業自得について、あれこれ書くのは溜飲が下がって面白くはあるが、そんなことに興味が持てないでいた。このところ、気合いを入れてお経の練習をし、佛法を勉強し始めたので、そのことと関係があるのかもしれない。

 つまり、釈迦の世界に入っていくと、世間の不祥事や諸悪に対して、怒りが薄くなってきて、
「凡夫とは、何とも救い難いものよのう」
 ウッフフ――と達観の心境になってくるのである。

 土曜深夜、空手の稽古を終え、いま鴨川市の仕事部屋に来ているのだが、昨日の昼間、曽呂温泉の湯船に手足を伸ばし津つつ、我が達観の心を振り返って、

(どうやら、わしも人格完成まであと一歩にこぎつけたわい)

 と、これまたフッフフとホクソ笑んだところが、温泉帰りの夕刻のこと。
 カミさんと食事に立ち寄った店の接客態度があまり悪く、頭にカチン。だが、いつもなら、ひと声唸るところかが、思いとどまったのである。

(ウッフフ、やっぱり、わしは人格ができてきたわい)

 と嬉しくなり、そのことをカミさんに自慢すると、

「人格ができた人が、そんなことで、いちいち頭にくるの?」
「バカ者! 誰が人格完成だと言った。完成まであと一歩、だと言ってるんだ!」
「その、あと一歩が大変なのよね」

 この一言で、私は釈迦世界から、一気に現実世界に引きもどされた。

 見渡せば、頭に来ることばかりじゃないか。

「亀田親子、とんでもねぇ!」
「赤福、ふざけんな!」
「守屋、てめぇなんか売国奴だ!」

 お経を称える声も、なんだかトゲトゲしくなってきたようで、人格完成まであと一歩は、実は千里の道のりであると悟った次第。  

投稿者 mukaidani : 03:58

2007年10月20日

思いつきで、手話学習法を開眼

 いよいよ本気で、手話の勉強を始めることにした。
 11月から、市主催の手話教室が10回の予定で開かれるが、それにも参加申し込みをすませた。

 予習が大事と、購入した手話学習のビデオテープをDVDにダビングし、それをパソコンに取り込んだ。学習環境は飛躍的にアップである。

 入門書に、「外国語を学ぶのと同じだと思え」とあるように、マスターするには反復練習あるのみ。空手道場の中に設けた仕事部屋で、今日は指文字の勉強をした。

 で、夕刻。
 子供たちの稽古時間になった。
 例によって、稽古が始まるまでワイワイとうるさいので、思いつきで言った。

「静かに! 今日はしゃべらないで、指文字で話をする!」
「……?」
「指文字というのはこうやるんだ。ハイ、これが《あ》、これが《イ》……」
「ワーッ、おもしろい!」

 私も熱が入り、稽古そっちのけで指文字の指導を始めた。

 得意になって指文字を披露していると、小学生の一人が、
「《スレッチ》は、指文字でどうやんるんですか?」

 私の指は動かない。
 半音を知らないのだ。

 すると別の小学生が、

「《ジ》はどうやるんですか?」

 これも、指が動かない。
 濁音を知らないのだ。

「エー、次回の稽古までに調べておく。指文字は終わり、さっ稽古だ!」
 子供たちの軽蔑の視線を跳ね返しつつ、冷や汗タラ~リで切り抜けた次第。

 それでも、稽古のあとでパソコンに向かい、半音、濁音、長音を調べて覚えた。
「人に教えることで、技は身につく」
 とは、私が指導者にいつも言う言葉だが、
(なるほど、そのとおりだわい)
 と改めて納得した次第。

 私の手話学習が進むとすれば、それは子供たちのお陰ということになるに違いない。
(いい方法を見つけた)
 と、いま一人で悦に入っているところである。

投稿者 mukaidani : 01:20

2007年10月17日

今日ノ畑仕事ハ、辛ラカッタ

 今朝、畑へ行くのが辛(つら)かった。

 寝たのが明け方の4時過ぎ。目覚ましが鳴ったのが5時30分。1時間とちょっとしか寝ていない。
 昨夜、道場から自宅へ帰るときは小雨が降っていたので、

(明日の畑は中止だな)

 と思い、来年から執筆にかかる歴史小説の資料を読んで寝たのだが、念のためにと5時30分に起きて、窓から外をのぞくと、

(ゲッ!)

 雨が上がっていたのである。

 だが、地面が濡れている。
 畑仕事はできないかもしれない――と望みを託し、階下のオヤジの部屋に行ってみると、身支度をして座っていた。

「畑……行くのか?」
「もちろん!」

 畑は、いまやオヤジの生き甲斐になっているのだ。

 2時間ほど畑仕事をし、ヘロヘロになって帰宅すると、風呂へ入って午後まで爆睡した。おかげで執筆予定が狂い、しかも夕方5時から9時まで稽古。食事をすませ、これからパソコンに向かうという次第。

 1日でもいいから、用事のない日が欲しいと思う。
 心底、思う。
 だけど、ヒマになればなったで、持て余すことも、この年になれば身にしみて知っている。

 忙しくてもボヤき、ヒマでもボヤく。

 ないものねだり、ですね。

 それを知っていながら、なおも、ないものねだりをする。

 人間、救い難いものだと、今日を振り返って、つくづく思うのである。
 

投稿者 mukaidani : 23:20

2007年10月15日

コスモスの笑顔

 私はコスモスが好きだ。

 三年ほど前、不意に好きになった。

 それも、カタカナではなく、秋桜と書くイメージがいい。

 好きになった理由は、特にない。
 要するに気まぐれなのだが、あえて理由をあげれば、茎がひょろりとして頼りなく、花弁の色彩もクレヨンで塗ったような、安っぽい感じが親しみやすくていい。

 大輪の菊や胡蝶蘭は植物界のセレブで、美しいが近寄りがたい。こんな花を自宅に飾っていたら、気になって落ち着かないだろう。

 そんなわけで、昨日はカミさんと一緒にクルマで二十分ほどの「コスモス畑」へ行った。

 一面、赤白ピンクの秋桜が咲き誇り、きれいだった。

 五十も半ばを過ぎて、花を愛でる楽しさがわかるようになってきた。

「どうだ、我が家の庭にも花を植えみたら」

 カミさんに言うと、私の顔を無言で凝視してから、
「あなた、うちの庭は花だらけなのよ」
 
 言われてみて、ハッとした。
 そういえば、今年は一度も庭に下りていないことに思い至った。

「庭が玄関の反対にあるのがいかんのだ」
「玄関だって、鉢植えの花がたくさん咲いてるじゃないの」

 私は沈黙する。

 私の視線の先で、秋桜が頭をそろえて、ゆらゆらと風に揺れている。

 みんなで私を笑っているように見えた。

    

投稿者 mukaidani : 18:21

2007年10月12日

先輩が説いた「運気の話」

 昨夜、拓大の先輩と一杯やった。

 一杯やったといっても、酒をやめた私はウーロン茶。先輩は60歳半ばにして、斗酒なお辞さす。グイグイやる。

 先輩は表社会にもウラ社会にも通じた傑物で、是々非々。思ったことは、相手が誰であれ、歯に衣着せずズバリと言い切る。それがまた正鵠を得ているのである。

 その先輩が、こんなことを言った。

「いいか、向谷。俺のような鬱陶(うっとう)しい人間に会うのがイヤになったときは、自分の運気が落ち始めていると思え」

 つまり、運気が上昇しているときは、口やかましい人間や、思ったことをズバズバ言う人間に会っても、
(なに言ってやがる)
 と、押し返す気力があるのだそうだ。

 むしろ、口やかましく言う人間に会うことによって、自分の気力を無意識に奮い立たせていると言ってもよい。

 ところが、運気が下がって気力が萎(な)えてくると、口やかましい人間に対して押し返すことができなくなるため、ますます落ち込む。だから、無意識に敬遠するようになると、先輩は言うのである。

 なるほど、一理ある。
 気力に欠けるときは、会合やパーティーには行きたくないものだ。

 深夜、先輩と別れ、帰宅のタクシーのなかで、
(今夜はいい話を聞いた)
 と感心しつつ、ふと疑念がよぎった。

(ちょっと待てよ。ひょっとして先輩は、俺をシカトするな、ということを言葉をかえて言ったんじゃないか?)

 ウーム、あり得る。
 あり得るが、しかし、先輩の言ったことも一理ある。
 たとえ我田引水であろうとも、決してそうとは思わせない。しかも、相手を言葉で縛る。こういうのを「究極の話術」と言うのだろう。
 ますます感心したのである。

 そして、今朝。
 先輩に電話して、昨夜、ご馳走になったお礼を言うと、
「おう! また近いうちに一杯やろうぜ!」
 耳の響く豪快な声で、次回のお誘いである。
「オス!」
 私も元気よく返事する。

 どうやら私の運気は、まだ昇り調子のようである。
 

投稿者 mukaidani : 15:56

2007年10月09日

「いい人」は貧乏クジを引く

 昨日――と書き始めて、日付が変わっているのに気がついた。
 正確には一昨日。
 小学館『マイファーストビッグ』から編集者とライター、それにカメラマンが取材に来訪。会社の処世術を描いた漫画『総務部総務課山口六平太』の挿入コラムのインタビューである。

 テーマは「いい人が、ワルに騙されずに世の中を渡る方法」。

 優秀かつ愉快な方々で、楽しい取材であった。

「いい人」とは「どんな人間」を言うのか。「いい人」であるがゆえに貧乏クジを引かされる人間は、どう対処すればいいのか――。まっ、永遠のテーマですな。

 私は「いい人」だと自認しているし、いつも貧乏クジを引かされていると思っているのだが、周囲の連中にそう言うと、
「まさか」
 と一様に目を剥く。

 この反応に、今度は私が「まさか」と目を剥くのだが、自己評価と他人評価のギャップは埋めがたいものがあるということを、いまさらなが思い知るのである。

 今日――正確には昨日か――浅草に行った。
 紬の作務衣を持っているのだが、これが気に入っていて、色違いを頼んでおいたところ、入荷したとの電話を店からもらったからだ。
 雨が降っていたが、すぐさまクルマを飛ばした。

 ついでに、雪駄を浅草の老舗で買ったところ、
「雨の日に履いてはだめですよ。もし外出先で雨が降り始めたら、すぐに雪駄を脱いで、フトコロにしまうんですよ」
 と若旦那が注意してくれた。

(いい人だな)
 と、私はうれしくなったが、ふと、
(雪駄をフトコロにしまったあと、裸足で歩けということなのか?)
 帰りのクルマのなかで首をひねりつつ、面倒な雪駄を買った、と後悔した。

 私が雪駄を買う前に注意してくれれば、もっと「いい人」なのに、と思ったが、そうすれば私は買わなかったかもしれない。

 なるほど、「いい人」は貧乏クジを引くというわけか。
 インタービューの翌日、合点した次第である。

 

投稿者 mukaidani : 03:40

2007年10月06日

「なぜ」という疑問が、自己を飛躍させる

ヤクザ社会に、
「なぜ」
 は禁句だ。
「ホンマでっか」
 という懐疑も同様だ。

「組員になるのに、なぜ親分と盃(さかずき)をかわさなきゃならないんですか?」
「任侠道って、ホンマにあるんでっか?」
 こんなことを質問すれば、速攻、灰皿が飛んでくるだろう。

 ヤクザ社会に限らず、武道や舞踊など伝統社会は、その世界で培われてきた既成の価値観やしきたりに対して、
「なぜ」
 と問われるの好まない。

 特に、内部の若手が抱く懐疑心には神経を尖らせる。
 なぜなら、価値観やしきたりは、時代の変遷という鏡に写して見ると、不合理なことがたくさんあり、そこを問われると、説明に窮するからである。

「親分が白や言うても、黒は黒やんか」
「いまは、親分が子分の使用者責任を問われる時代や。つまり組とは雇用関係にあるわけやから、組合つくろか」

 いくら子分の言っていることが正論であっても、これを容認したのではヤクザ社会は成り立たない。
 ヤクザ社会はヤクザ社会の規範があり、それに対して、
「なぜ」
 という問いかけを許すことは、組織そのものの崩壊を意味する。
 だから、
「アホ! 黙っとれ!」
 となるわけである。

 逆を言えば、既成の価値観をぶっ壊し、新たな価値観や発見を見い出すには、
「なぜ」
 という疑問がポイトンになってくる。

 すなわち、聖徳太子の言葉にいわく、
《疑いの心既に生ぜば、解を得るの議有るべし》
 なぜ、と疑問が浮かんだときこそ、それを解明するチャンスだ――と聖徳太子は言うのだ。

 習知のようにニュートンは、木から地面に落ちるリンゴを見て、
「なぜだ?」
 という疑問から引力を発見するわけだが、実は、この誰もが当たり前と思っているところに、重要な発見が潜んでいる。

 たとえば、商社に勤めるSさんは、こんな〝発見〟をした。

 Sさんの上司であるW部長は、「瞬間湯沸かし器」とアダ名される短気者だ。 仕事もできるが、部下にも厳しい。
 ちょっとしたミスでも、カミナリである。

 ところが部下たちは、怒鳴られても、
「部長は短気だから」
 ということですませてしまう。

 ところがSさんは、違った。
(どうして、あんなに短気なんだろう)
 素朴な疑問を抱いたのである。

 部長の様子や表情を子細に観察した結果、部長が瞬間的に怒るときのパターンを発見した。
 たとえば、
「企画書、どうした」
 と部下に問いかけて、
「いまやっています」
「もう少しです」
「今日の夕方までには」
 こんな返事が返ってきたときに、カミナリである。

 命じたことに対して、
「まだ」
 という返事が嫌いなのだ。

 そこでSさんは、部長から命じられた仕事は、期日前に終わらせるように心がけた結果、Sさんは部長の評価を得て、同期のトップを切って係長になったというわけである。

 これは一例だが、「なぜ」と自問し、その答えがみつかったときに人間は大きく飛躍するのだ。

 


投稿者 mukaidani : 15:27

2007年10月03日

男の値打ちは「やせガマン」

 今日の午後、都内のホテルで、ぼったくりの元祖・影野臣直君とお茶を飲んだ。
 影野君は習知のように、『歌舞伎町ネゴシエーター』『刑務所で泣くヤツ、笑うヤツ』(いずれも河出書房新社)などの著書のほか、Vシネや各種若者向け雑誌に執筆している。「梅酒一杯15万円」をぼったくって刑務所へ行った。文字どおり「ぼったくりの帝王」である。経験を活かして、現在、「歌舞伎町ネゴシエーター」として活躍している。

 影野君と私は旧知で、たまに会ってあれこれ話をするのだが、見た目はヤバそうでも、彼のように礼儀正しく、また紳士はいないだろう。
 どの分野でもそうだが、頭角を現す男は、やはり違うということか。

 私のように50歳も半ばを過ぎると、人物の鑑定眼が厳しくなる。
 口やかましいのではなく、その反対で、とやかく言わなくなるのだ。デキが悪いと思えば、その人間に対しては無関心。「どうぞ、ご勝手に」で、説教はもちろん、アドバイスも手助もしない。
 アホな人間にいちいち関わっているヒマない、というわけである。

 そんな私に言わせば、見どころのある若者が少なくなった。
「よし、何とか力になってやろう」
 と思わせる人間が少なくなったのだ。

 それはなぜだろう、と考え、私なりに出した答えは、「自分中心主義」ということである。

 まず、自分にとって「損か得」を考える。

 もちろん誰しも自分が可愛いから、「損得」を考える。
 だが――自分で言うのも気が引けるが――私などは「損得を考えて行動する人間は卑しい」とする矜持がある。
 人を押しのけるということに対して、「それはみっともないことだ」という矜持がある。

 矜持と言えば聞こえがいいが、要するに「やせガマン」である。

 この「やせガマン」が、いまの若者には欠けているように思う。
 だから、可愛くない。
 いじらしくない。
「よし、力になってやろう」
 とはならないのである。

 うまく立ちまわっているつもりでも、しかるべき人間は見ているのだ。
 人ごとではない。
 自戒の意味を込めて、そう思うのである。

 影野君のような「見どころのある男」に会って、なんとなくそんなことを思った次第である。

投稿者 mukaidani : 19:03

2007年10月01日

雨に打たれる彼岸花

 土曜の夜遅く、房総鴨川市の仕事部屋にやって来た。
 ちょうど一ヶ月ぶりになる。
 何だかんだと忙殺され、月に1度、それも2泊3日がいいところだ。

 温泉好きのカミさんも、しっかりとついてくる。

 で、日曜日。
 昼前、ノートパソコンを持って、近くの曽呂温泉に出かけた。

 彼岸花が小雨に濡れている。
「きれいね」
 と喜ぶカミさんに、
「わしは嫌いだ」
 と言うと、
「去年もそんなこと言ってたわね」
 たちまち不機嫌な顔になったので、彼岸花について説明してやった。

 別名、曼珠沙華(まんじゅしゃげ)。
 有毒植物であること。
 墓地に彼岸花が多いのは、ネズミやモグラなどがその毒を嫌って近寄ってこないため、人為的に植えられたもの。
 したがって、「地獄花」などとアダ名される。

「そして――」
 と、私は続けた。
「彼岸とは極楽浄土のことで、煩悩や迷いに満ちたこの世を此岸(しがん)と言うんだな。そして、彼岸の仏事は浄土思想に由来するもので……」
「毒があるとは知らなかったわ」
 カミさんが遮るようにつぶやいて、
「大変、気をつけるように言わなくちゃ!」
 携帯を取り出すや、孫が彼岸花に触らないよう、大声で娘に注意した。

「だから、彼岸の仏事は浄土思想に由来するもので……」
「あら、雨なのに今日は混んでるみたいね」
 私の説法には、とんと興味を示さないのである。
「猫に小判、おまえに説法だ。このバチ当たりが!」
 と、もちろん、これは口に出さないで、私は毒づいたのだった。

 湯船に手足を伸ばすと、肌が滑(ぬめ)って、温泉気分は上々である。湯は茶褐色で、自分の手足が見えないほどの濃さ。なかなかの泉質である。浴槽は狭く、きれいとは言い難いが、この鄙(ひな)びた風情が、またいいのだ。

 開け放った窓の向こうに彼岸花が咲いている。
 真っ赤な花が、雨に打たれている。
 雨に打たれる花は可憐に見えるものだが、彼岸花は笑っているように見えた。「地獄花」などと呼ばれることを自嘲しているのか、それとも居直っているのか。

 見ていると、なんとなくいじらしくなってきた。
 ヘソ曲がりの私は、このときから彼岸花がなんとも愛おしくなったのである。

投稿者 mukaidani : 00:50