2018年01月 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31

2018年01月19日

「老い」と居直り

 昨日、人間関係術について、プレジデント誌の取材を受けた。
 例によって、思うところを好き勝手に話したが、編集者氏もライター氏(女性でしたが)も、根気よく、真摯に聞いていただき、これには私のほうで頭が下がる。

 今日、産経新聞本紙のオピニオン欄に転載された拙稿で、記者時代のことについて触れてあるが、若いころは取材そのものが楽しかった私も、いまは億劫である。

 これは体力の問題ではなく、「興味」「関心」の問題だ。
 人生経験を経るにしたがって、
「世のなか、そんなもんだろう」
 と達観していくため、取材テーマや対象に興味や関心が薄れていくのである。

『年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ』

 これは、よく知られたサミエル・ウルマンの『青春の詩』の一節だが、こういう詩を励みにすること自体、老いの証明であろう。

 理想を失い、情熱を失い、精神がしぼんで初めて見えてくるものがあるのではないか。
 ヘソ曲がりの私は、流れに棹ささずして、人生に居直るのだ。

投稿者 mukaidani : 11:31

2018年01月17日

スボンを買う

 外出するときは作務衣か着物、家にいるときはスエット。
 スーツもマオカラーを着るので、ネクタイを締めるのは空手の試合のときくらいだ。

 で、この夏、スラックスを買った。
 といっても、私は買いには行かない。
 洋服はブランドが決まっているので、愚妻がスラックスを持ってデパートに行き、
「サイズもデザインも裾丈も、これと同じのをください」
 と言えば、それですむ。

 で、来週、必要があってジャケットを着ることになった。
 気になって、愚妻にスボンを用意させると、何と夏に買ったスボンではないか。
「バカもの。生地が透けているではないか」
「スボン下を穿けば寒くないんじゃないの?」
「そういう問題ではない」

 すぐに夏物のスボンを持たせ、
「行け!」
 デパートへ走らせた。

 帰宅してブーブー文句を言うかと思ったら、違った。
「聞いてよ、冬物が2割引きだったのよ」
 上機嫌なのである。

 これは女の愚かしさか、それても現実主義なのか。
 2割引きであったということだけで、得意顔で喜んでいる。

「そうか、でかした!」
 私も、すかさずヨイショする。
 凧と女は、高く高く舞い上がらせるのだ。

投稿者 mukaidani : 13:20

2018年01月15日

20周年祝賀会

 昨日は、市内のホテルで、昇空館創設20周年の祝賀会を行った。
 盛況で楽しい一時だった。

 と言っても、私はいっさいノータッチ
 すべて実行委員会におまかせで、パーティの段取りから記念誌の製作、エンブレム、ネクタイ、ジャケットの新調まで実行委員会の各氏が見事にやってくれた。
 多士済々の昇空館ならではと、我ながら感心した次第。

 実を言うと、私はパーティはあまり好きではない。
 自分が主催するパーティは、まずやらない。

 故安藤昇氏は、最晩年まで誕生会をやらなかった。
 理由を問うと、
「俺が声をかければ、義理で来なくちゃいけない人間もいる。そういうのは好きじゃない」
 そうおっしゃった。
 自分を厳しく律し、人に迷惑をかけることを嫌った。

 私ごときがおこがましいが、そういう処し方でありたいと願い、それに倣(なら)っている。

 だが、昇空館を創設して20年。
 会員諸氏の努力で、今日まで来た。
 祝賀会をやろうというのであれば、私が反対する理由はない。

 実行委員会への注文は、ただ一点。
「会員以外は声をかけないこと」

 迷惑をかけたくないのでそうしたが、本来であれば、ご招待申し上げなければならない方もたくさんいらっしゃる。
 そういう意味では礼を失することになるが、八方丸くいかないのが世のなかで、ここは割り切った次第。

 昇空館は「足し算」で歩んでいくが、私は「引き算」で人生を歩んでいく。
 足し算も楽しいが、引き算もまた楽しいものだ。

『晴れてよし 曇りてもよし富士の山 もとの姿は変らざりけり』
 とは山岡鉄舟の歌だが、人生は「足してよし、引いてよし」。

 日々に一喜一憂するなかれと、20周年に似合わぬことをパーティの席で考えていたのである。

投稿者 mukaidani : 11:02