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2017年12月12日

人間の劣化

 先夜、テレビで「瞬間翻訳ツール」のことが放送された。
 日本語でしゃべれば、その声が瞬時に英語の音声になるというやつだ。
 WIHIでなく、オフラインだ。
 私と愚妻の目が合う。

「買ったら?」
 愚妻が即座に言い、私がウェブで検索し、先行販売予約をする。

 この機械はICレコーダくらいのサイズなので携帯に便利だ。
 日本語から英語(もしくはへ韓国語、中国語)の一方通行だが、こちらの意志が相手に伝わればいい。

 愚妻は愚妻、私は私で、お互い密かに旅行英語を勉強(というほどでもないが)していただけに、この機械は強力な味方になるではないか。

 旅行するたびに会話にはひと苦労である。
 愚妻は、会話は私まかせなので、私がまごついていると、
「あなた、英語がしゃべれないの?」
 軽蔑の眼差しで見るのだ。
 これでもう大丈夫である。

 あれこれ記事を調べて見ると、これからは英語でなく、お互い母国語で会話し、それを相手の国の言葉に置き換える時代になるとのこと。
 英語の勉強よりも、母国語で「伝える能力」の勉強のほうが大事になってくるそうだ。

「英語をしゃべる」は、もはや能力ではなくなるということだ。

「よかったな、勉強しなくて」
 愚妻に言うと、ジロリとニラんで、
「あなた、あちこちの英会話教室に通ったわね。そういえば、原宿まで行かなかった?」
 嫌味を言うのだ

 時代は変わる。
 読経だって、テープで流れるご時世だ。
 クルマも自動運転になる。
 結構なことだが、便利になって人間は次第に劣化していくのだろう。

投稿者 mukaidani : 11:02

2017年12月08日

「世相」と人生観

「人に、後ろ指を差されるような人間になってはいけない」
 と、母親から言われて育った。

 小学生のとき、女の先生が、
「騙す人より、騙される人になりなさい」
 と授業で話したことを、いまも覚えている。

 だが、世間を見まわすと、トランプ大統領が象徴するように、「人に後ろ指を差される人」が主役となり、良くも悪くも常に脚光を浴びている。

 一連の相撲騒動だって、「後ろ指を差される人」が主役を張り続けている。

「モリ・カケ疑惑」を引き合いに出すまでもなく、「騙す人」がいい目を見て、「騙される人」が貧乏クジを引かされる。

 問題はここからで、
「だから、自分もうまく立ち回ろう」
 と考えるか、
「自分はそうはやらない」
 と、世相を批判するか。

 残り少ない人生を前にして、いまさら人生観でもないが、これから自分はどう処していくべきか、いささか気になるのだ。

投稿者 mukaidani : 11:43

2017年12月06日

「うなずく」ということ

 茶の間でテレビを観ながら、
「お茶、飲む?」
 愚妻に問われて、私がコクリとうなずく。

「バナナ、食べる?」
 愚妻に問われて、私がコクリとうなずく。

「風呂、入る?」
 愚妻に問われて、私がコクリとうなずく。

「いいわよねぇ、うなずいていればいいんだから」
 愚妻が溜息をついて、文句を言う。

 浅はかな女だ。
 うなずくということが、どれほど心身に負担になるか知らないのだ。

 ことに週刊誌記者時代がそうだったが、取材というのは「聞き役」である。
 要点を過不足なくしゃべってくれる場合はいいが、ピント外れのことを延々と聞かされることがある。

 話の腰を折ってはいけないので、相づちだけは熱心に打ちつつ、話を核心にもどすべく機会をうかがう。

 だが、相づちは、うなずくという動作をともなう。
 これが楽ではないのだ。

 まして、相手が渦中のキィーパーソンで、どうしても話を引き出したいときは、うなずきもオーバージェスチャーになる。
 これが何時間も続けば、マジに首が痛くなるのだ。

 私は首を痛くしながら、妻子を養ってきたのだ。
 かつてのこの苦労も知らず
「いいわよねぇ、うなずいていればいいんだから」
 と、愚妻はノーテンキに言い放つ。

 私はこうして今日も、報(むく)われざる人生を歩んでいるのだ。

投稿者 mukaidani : 14:24