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2017年03月24日

「政治家失格」ということ

 連日、森友学園のニュース。
「ああでもない、こうでもない」
 とにぎやかなことだ。

 真相は知るよしもないが、逆説的に言えば、
「政治家に頼んで便宜を図ってもらえないなら、それは政治家として役に立たない」
 ということになる。

 つまり、政治家失格。
 ずいぶん前に、『政治家の実戦心理術』という本を書いた私としては、そう思うのである。

 それにしても、ワイドショーを見ていると、「安倍擁護」のコメンテータが多いのにはあきれてしまう。
 本人たちは、それを悟られないようニュートラルを装うことに腐心しているが、それを見るのは楽しいものだ。

投稿者 mukaidani : 16:35

2017年03月22日

指導者の反省

 一昨日、当道場の春季・昇段級審査会が終わった。
 上手な子もいれば下手な子もいる。
 では、審査基準をどこに置くか。

 私はこう思っている。
「試合は優劣を競うもの、審査会は本人の努力を評価するもの」

 とはいえ、なかなか努力はしないものです。

 で、つい小言を口にすることになるが、放っておいても頑張って稽古をするなら、指導者はいるまい。

 指導者は、技術を教えることよりもむしろ、いかにすれば努力する気になってくれるか、その舵取りが大事なのかもしれない。

 反省しきりだが、そう言えばかつて「反省だけならサルでもする」という流行語があった。

「サル」を「指導者」に置き換えれば、私になるということか。

投稿者 mukaidani : 13:14

2017年03月18日

「オメデトウ」という言葉

 今朝は、築地本願寺にお参りしてきた。
 お参りはともかく、友人で、若い僧侶のT君といろいろ話もあり、築地で待ち合わせたという次第。

 私も年齢からして、そろそろ僧侶活動に本腰を入れなくてはと思いつつ、日々の仕事に追われて、ままならないでいる。
 だが、そうは言ってもいられないので、一歩を踏み出さなければならない。
 T君は僧侶としては駆け出しだが、彼の話は刺激になり、意を強くした。

 人生、何歳になってもチャレンジ。
 燃え尽きるまでチャレンジである。

 いま卒業式のシーズンだ。
 来月は入学式だ。
 道場の子供たちを見ていて、「入学」と「卒業」と、どっちがお目出たいのか、ふと考えてしまう。

 愚妻に問いかけると、
「どっちもメデタイのよ」
 と、浅学そのままに、ざっくりとした言い方をする。

 入学は「誕生」、卒業は「往生(死去)」と、私は置き換えて考えてしまう。

 浄土真宗は、「死」を「往生素懐(そかい)を遂げる」と受け取る。
「現世を去って、極楽浄土に生まれたいという平素からの願いが果たされた」
 というわけだ。

 だから、お目出たい。

 仏教は、「生」を「苦」と説く。
 となれば「誕生」は果たしてお目出たいのか。

 こう考えると、オギャと生まれたら、
「このたびはご愁傷様でした」

 亡くなったら、
「このたびはお目出とうこざいました」

 こう言うのが正しいということになる。

 愚妻に告げると、
「そんなこと言ってたら、人に嫌われるわよ」
 これも、ざっくりとした言い方をするのだ。

「オメデトウ」
 とは、いったい何なのか。

 しばし考えつつ、
「ヘタな考え、休むに似たり」
 そんな言葉が、私の脳裡をよぎるのだ。

投稿者 mukaidani : 15:25